ガザの人道支援を集めるオークション『Watermelon Seeds Fundraiser』を立ち上げたきっかけの一つは、ヨーロッパの映画ジャーナリストたちが始めたチャリティー・オークション(「シネマ・フォー・ガザ」)でした。素晴らしい取り組みだなと思い、Instagramのストーリーズにシェアして。表現者が発信をするのは自然なことなので、こういうことを日本からもしたいと思いました。
以前からガザの状況をもっと知ってほしくて、SNSを通し、現地の情報をシェアしていたんです。そうするとガザで暮らしている人たちからDMが届くようになって。現地の方々は私が何者なのかわからないはずですが、「歌手らしき日本人の女性がPALESTINEのことを発信している」ということが珍しく、知ってもらえたのだと思います。
DMの数はどんどん増えて、今は1日に何十通も送られてくるのですが、やり取りを続けていると1人1人の顔が見えてくるんですよね。名前や家族構成からはじまって、「以前はこんな仕事をしていた」「こんな勉強をしていて留学が決まっていた」といったパーソナルなことも教えてくれて。
そして、とにかく子どもたちがかわいい。そうやっていろんなことがわかってくると、もう他人とは思えないですよね。友情のような感情も芽生えてくるし、「どうにか生き延びてほしい」という気持ちも強くなりました。やり取りしていた人としばらく連絡が取れないと心配になるし、「爆撃があって避難しました。今は別の場所にいるよ」と連絡があると「生きていてくれてよかった」と心の底から安堵して――。私は日本にいて、家族も一緒で、不自由なく暮らしている。でも、ガザにいる人たちはとても過酷な状況にあって、常に死が隣り合わせ。同じ時間を生きながらここまで違うことが現実に起こっているなんて信じられない。自分の日常を守らなきゃと思いながらも、ガザのことがいつも意識のどこかにあるようになりました。
そういう思いを抱えたまま9ヶ月過ごしてきて、「日本にもこんなに貴方たちのことを考えている人たちがいるよ。1人じゃないよ」と伝えたいと思うようになりました。
どこから話せばいいか迷ってしまうんですが、何より願うのは停戦、そして、パレスチナ解放です。ただ、みんなでそこに向けたアクションを直接的に起こすのはハードルが高いということも肌で感じ、参加しやすいアクションとして、応急処置的ではあるけれど今苦しんでいるガザの人たちを直接支援できる義援金を送りたいと思いました。自分だけで寄付しても限界がある。そこでたくさんの人の思いを包括できるオークションはどうだろうと思いに至り、立ち上げることにしました。
まずは友人や知り合いの方々に直接連絡を取り、自分の考えをお伝えして、「オークションに出品してくださいませんか?」とお願いしました。もちろん考え方や価値観はそれぞれ違いますし、すべての方に賛同いただけたわけではありません。「どちらかの味方はできない」という友人もいたし、事情があって今回は辞退、という方もいらっしゃったんですが、興味を持ってもらえるだけでもいいのかなと。オークションへの出品を検討するときにガザの状況について調べてくれただろうし、そのときに何かしら心が動いたはず。
一方で「ぜひやりたいです」とたくさんの方が賛同してくださいました。しかもみなさん、大事なもの、貴重なものを出品してくださって。本当に感謝しています。
『Watermelon Seeds Fundraiser』を立ち上げる以前から、ガザの問題を発信するたびにいろいろなコメントが寄せられました。
ただ、私がいちばん伝えたいのは、「ガザの罪のない子どもたちが、飢えていて、たった今も危機的な状況にある。そこに手を差し伸べるべきではないか」ということです。イスラエルがやっていることはジェノサイドですし、明らかな国際法違反。そして、その国を欧米諸国が武器や資金提供をしてバックアップしているわけです。ガザの子どもたちは爆撃され、国連(UNRWA)が立ち上げた学校や居住地、食料の倉庫なども破壊されています。
もちろん当事国や国際社会が停戦に向けて動くべきで、そこに個人レベルでできることは微々たるものかもしれない。だけどいまは応急処置的にでも、目の前の命のために何かしなくちゃいけない状況だと思うんです。今回の『Watermelon Seeds Fundraiser』にはたくさんのアーティストが出品してくれましたが、それでも集められる金額はわずかなものなのかもしれません。でも、目の前に血を流している人がいるんだから、とりあえず止血しなくちゃいけない。そんな思いでこのプロジェクトを立ち上げました。
もし父が生きていたら、ガザの問題に対して怒り、悲しみ、できることは 何でもやったはず。一度知ったら、もう知らないふりはできない人でしたし、そういう気質は受け継いでいるかもしれません。
オークションに関しては、Yahoo!オークションにご協力いただき、転売対策も万全にしていただいています。メインの寄付先はJVC(認定NPO法人日本国際ボランティアセンター)。JVCにはパレスチナにも駐在員を派遣しているので、集まった寄付金を具体的にどう使うのかもきちんと話して、たとえば「この地域の子どもたちにミルクを配りました」と目に見える形にしていきたいと思います。そのほか、ガザの動物保護団体(Sulala Animal Rescue)、ガザの人たちへの直接的な寄付も予定しています。漠然としたチャリティーではなく、みなさんからお預かりしたお金の行先がしっかり見えると、少しずつ寄付の文化も日本に根付いてくるんじゃないかなと。
チャリティーやオークションに限らず、「普段使っているお金がどのように世界とつながっているのか?」ということも考えないといけないですよね。日常の買い物で使ったお金が、回り回って、兵器の購入や開発などに使われていることもある。そういった構造を理解することで、お金の流れが生み出す作用を、良い方向に持っていくことも可能なはずです。
『Watermelon Seeds Fundraiser』は1回だけではなく、継続したいと思っています。たとえ停戦が実現したとしても、ガザの子どもたちへの支援は長く続けられるべきなので。興味を持ってくださった方はぜひ、現地に入っているジャーナリストのSNSをフォローするなどして、まずはガザで何が起きているのか、知っていただけたらと思います。
1980年、音楽一家に生まれ、東京とNYで育つ。1997年、「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー。音楽活動に加え、ラジオテレビ司会、ナレーション、執筆、演劇など表現の幅を広げている。
2011年よりTOKYOFM/JFN系全国ネット『坂本美雨のディアフレンズ』のパーソナリティを担当。
2024年4月よりNHK Eテレ「日曜美術館」司会に就任。
愛猫家として知られ、著書に「ネコの吸い方」がある。自身のSNSでも愛猫“サバ美”や娘との暮らしを綴っている。
2021年、アルバム「birds fly」をリリース。「東京2020パラリンピック」開会式でパラ楽団のボーカルとして「いきる | LIVE」を歌唱。
2022年、活動25周年を迎え、記念シングル「かぞくのうた」、娘との日々を綴ったエッセイ「ただ、一緒に生きている」(光文社)を上梓。
2023年12月に韓国(ソウル)でワンマンライブを開催した。
最新作はEP『あなたがだれのこどもであろうと』 。