落語のススメ

落語のススメ
落語の魅力を語る~小澤栄三氏(三田落語会主宰)
じわじわと浸透している「落語ブーム」。落語の魅力とは何か? 日本人の心ともいえる落語ブームを陰で支える「三田落語会(前身はビクター落語会)」を主宰するMITギャザリング代表、小澤栄三氏にうかがってきました。落語に対する並々ならぬ愛着があふれています。



小澤栄三氏 落語というビジネスはもうからない

■はじめに、小澤さんが主宰する「三田落語会」について教えてください。

はい。私は落語の専門家じゃありませんで、もともと音楽屋なので素人といっても差し支えない状況なんですが、(落語が)好きなものですからついつい始めてしまったと。社員からは「もうかりませんよ」と猛反対されまして。

(一同笑)

実際もうからないんですよ、落語って。ですからビジネスとして成り立たせようとするのであれば、もっと広い会場でもっとお客さんを呼べる人、落語が上手かどうかは置いといて名前だけは売れているという人を選んでやれば、それなりの......。

とはいえ、落語ですから音楽のようなビッグビジネスにはどうしてもならないですよね。
ただまあ、そういうなかで本来の落語の楽しさってものを、あるいは落語の奥深さみたいなものを誰かが伝えていかなきゃっていう使命感みたいなものも多少ありまして、それでうちで落語をやりたいと社員のみんなに諮(はか)ったんですけど「正直あまり賛成ではない」(笑)、という状態からスタートしたんです。事実もうかっていません。

当初はビクターさんと組んでやっていたんですが、大変苦労しました。で、ビクターさんが「降りざるを得ない」と。やっぱり5年10年のタームで考えないと、落語ってビジネスにはならないですよね。
興行収入なんて高が知れています。うちのキャパはマックス180席程度ですが、少しでもお客さんにくつろいで楽しんでいただこうと、だいたい150席でやっていますので収入なんて知れています。
さらに、チケットの販売代行を依頼するのでギャラを払うのが精一杯。それが実情です。仏教伝道協会さんが協賛後援してくださっているので、なんとか成り立っているという現状なんです。



本格、本寸法にこだわって

やっていくうえでコンセプトだけはきっちりしたいので「本格」「本寸法」にこだわってやっています。落語っていうのはどこでも切れますから。寄席でも落語会でも時間の制約があるわけですが、うちではそういったものをいっさい取り外して、とにかく本寸法でやってもらいたいと。

それから、新作は基本的にやらない。どうして? と問われますと、これはもう好みとしか言えないんですね。まあ古典と云われるものでも明治時代は新作だったであろうし、そういう意味でいえば新作をはずすのはおかしいと言われるんです。事実そのとおりだと思います。ただやっぱり古典のなかにある本来の落語の良さみたいなものを追求していきたいので新作はなし。それと途中で切るのもなし、最後までキチっとやってもらう。

いろんな演目がありますが「宮戸川」なんてのはみなさんがよくかける噺ですが、後半の芝居仕立ての部分をちゃんとやれる方ってのは(五街道)雲助師匠とか、最近は(柳家)喬太郎師匠もおやりになっていますが、ほとんどの方はおやりにならない。「宮戸川」ってのはそういう噺だったのかってのは落語が好きで寄席に通っているひとでもなかなか聴く機会がないものですから、うちで聴いて「よかったなぁ」なんておっしゃっていただいているって話もいただくんです。そういう意味でも「本寸法」にこだわって提供しています。

ビクター落語会のころから通算するともう100回くらいは開催しているでしょうか。ただ、出演者に関しては20名程度と少ないです。 いろいろ意見はあるでしょうが、大看板の柳家さん喬さん、柳家権太楼さん、春風亭一朝さん、古今亭志ん輔さん、中堅では入船亭扇遊さん、春風亭正朝さん、柳家喜多八さん、柳亭市馬さん、橘家圓太郎さんという実力派の方々、若手では将来を期待される橘家文左衛門さん、入船亭扇辰さん、古今亭菊之丞さん、桃月庵白酒さん、二ツ目で春風亭一之輔さんといった方々に出演していただいています。ここは厳選させていただいているといっていいでしょう。

■(三田落語会を)はじめられてからどれくらいですか?

えっと、ビクター落語会の時代から含めますと準備期間も入れて5年くらいになりますね。
ちょうど落語ブームということが云われたはじめたころでしょうか。ビジネスになるかもと思って始めましたが今述べたとおりですね(笑)。
大きなビジネスになっているものといえば、たとえば(古今亭)志ん朝さんのDVD全集上・下が2008年に出ましたが、あれなんかはやっぱり10年~20年というタームで、落語研究会とTBSが撮りためたものなんですね。志ん朝さんが亡くなってから出たものですが、それが初めてビッグビジネスになったと。ですから落語をビジネスにしようと思ったら、最低でも10年の時間をかけたものをソフトとして持っていて、そしてそれをいつどういうタイミングで出していくかということになろうかと思いますね。

※補足:「落語研究会 古今亭志ん朝 全集 上・下」は古今亭志ん朝さん(2001年10月1日没)の古典落語44席を収録した上・下各DVD8枚組の全集で、ソニー・ミュージックより発売され大ヒットとなったものです。「下」は志ん朝さん没後7年目の同日発売(2008年10月1日)でした。

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わからなかったら勉強する気持ちも大切

■なるほど、そういうことなんですね。落語ブームというお話が出ましたが、NHKの朝ドラの影響も大きかったのかなと思うのですが。

ああ、「ちりとてちん」ですね。あの前年に(TBSの)「タイガー&ドラゴン」もありましたしね。それで多少若い人に「落語っておもしろそうね」って思われたのだと思うのですが、一般的にうんと広まったのは「ちりとてちん」以降でしょうか。

■「ちりとてちん」は大阪で制作されたドラマでしたのでいわゆる上方落語ですよね。三田落語会でやっているのは江戸落語。

ええ。うちは江戸落語だけをやろうと。
まあ、もっとも噺っていうのは関西からきたものが多いんですね、江戸前の落語になっていても。ちりとてちんは大阪のものですが、それを江戸に持ってきたという噺はほかにもたくさんありますね。ただそれが古典としてちゃんと残っているということでしょうね。

■落語という文化、庶民の娯楽としての古典芸能と捉えたときに、まだその世界に入っていない人には何か見えない壁みたいなものが存在するのかなという気もするのですが。

事実「落語」というのは言葉の文化ですよね。
落語のなかには言葉として今の人が理解できないものがいっぱい使われていますよね。それから江戸、明治、大正の生活習慣ってものが今の人には理解できないというのが多々あると思うんですね。それが落語を古臭いしわかりにくいしと思ってどちらかというとアドリブとギャグで笑いをとるというのが今のお笑いブームの原点になっていると思うんですよ。それで飽き足らない人っていうのが落語の世界に入ってくるんだと思うんですよね。

■はい。

それと、落語っていうのは知れば知るほど、学べば学ぶほど奥深いしおもしろいんですね。ここにきてだいぶ「おもしろいね」って入ってくる人がいる。そういう人たちのためにうちは「本物の落語ってこういうものだよ」というようなことを、教えるというと語弊がありますが知らしていきたいなと思ってやっています。幸いにしてそういう傾向はだいぶ強まってきたかなという気がします。
浅い笑いよりも、もうちょっとエスプリの利いた「うふふふ」というね。「わははは」って云うんじゃなくて「うふふふ」っていう、この含み笑いのなかにある噺の楽しさみたいなものを感じてもらえるといいなと思っているし、そういうお客様が増えてきているんじゃないかなと。

■言葉が理解できないというお話がでましたが。

例としていいますとね、「へっつい幽霊」って噺があるんです。「へっつい」ってもうわかんないんですよ(注:辞書によると「へつい」が転じた言葉で「かまど」を指します。もともとは「かまど幽霊」という上方落語)。そういうことはいっぱいありますよね。

■そういう昔の言葉を、今の噺家さんはちゃんと現代の人がわかるような解釈をつけたり、現代に置き換えてアレンジしますよね。そういう努力はされていると思うのですが。

なさっていますよね。それは新解釈という名のもとに若手の有望な古典をやる方々が、イメージを渡すために今の言葉に置き換えているんですね。それが逆にウケたりして笑いをとっているんですが、落語っていうのはイメージの世界なんですね。たとえば長屋の情景が自分のなかでイメージできているときに、スパッとそれを切られちゃうんですよね。だからカタカナ言葉での説明はやめてほしいと言っているんですよ。
わかりやすく説明するためには自分なりに江戸なら江戸、明治なら明治って時代についてもっと勉強してその言葉のイメージを壊さないでほしいとね。

船徳」って噺があります。これは親元を勘当されている若旦那が船頭になりたいって他愛もない噺なんですが、船頭さんをキャプテン、お客その一、その二をゲストっていうんですよ。そうするともう何だこれは? ってことになっちゃうんですよ。古いものをそのままやることがすべていいとは言い切りませんけども、新解釈ということでやるのであれば、もうちょっとそれにふさわしい説明のしかたってのがあるだろうと思うし。お客さんがわかんなきゃわかんないでいいじゃないって私なんか思うんですよ。お客さんがもっと詳しく知りたいと思うのだったら「あれって何だったんだろう?」って調べてくれればいいことでね。

だから落語初心者の方や新しいお客さんにとってみると、うちの会はおもしろくないかもしれないよね......。いや、新しいお客さんに来てほしいんですよ(笑)。お客さんも勉強してくれないと楽しめないよっていうことだと思うんですよ。本を読むことだってそうですよね。私は「自分が楽しみたかったら勉強してきてよ」と。極端な言い方かもしれませんが。うちはそういう突き放し方をもって、やっています。
そうじゃないと全部が落語ではなく漫談になってしまうんですよ。漫談だっておもしろいですよ。枕でちょっと漫談風に振るってことや、場をあっためるとかはあるかもしれないけど。しかし、漫談に終始するようなものや、枕で終わってしまうようなものは「落語ではない」んですよ。
そんな生意気な姿勢でやっていますね(笑)。本格的なものを聴きたかったらうちにお越しくださいと。

世の中で発売されているCDなんかでもね、いにしえの(五代目古今亭)志ん生さん、(六代目三遊亭)圓生さん、亡くなって10年近くたちますが志ん朝さんのものとかっていうのは、当時は本寸法でやるのが当たり前だったわけですから、そういう意味では聴けば聴くほどいいなあと思いますね。そういう人のためにうちはiTunesで配信をしているのですが、ダウンロードするって作業が年をとるほどめんどくさくなっちゃうんですね。パソコンがないからできない人もいる。
また演目のなかから「これとこれが聴きたい」という人のために、カスタマイズしたマイCDとでもいいましょうかそんなものをいずれ発売したいなと考えているんです。店頭に並ぶことはなく、細々とうちだけで買えるというね。中身的には濃いものを提供していきたいなと考えています。



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日本人だから

■私は五代目志ん生さんが大好きでをCDで聴くのですが、お囃子が鳴って登場するだけで笑いが起こる。「まだ噺はこれからなんですがね」の一言にまた笑いが。聴いているだけで鳥肌ものですよね。

そうですね。志ん生さんは登場するだけで笑いが起こる。噺を途中で忘れてしまっても笑いがとれる。
かと思えば桂文楽さんみたいにとにかくひとつの演目を演ずる時間が1分1秒たりとも違わないという伝説めいた話があったり、同じ人が同じ演目をやってもそのつどおもしろい。もちろん違う人がやってもおもしろいですし。そこに落語のすごさがありますね。
どんな好きな映画だって、2~3回見たら、もうあまり見ることはないですよね。落語は聴き手側のイメージを膨らませてくれるので、イメージできない人はおもしろくないでしょうね。

■なるほど、そうですね。そういう意味ではラジオ向きというかCD向きの文化なのかもしれませんね。

そうですね。そこを真剣に突き詰めたことはありませんでしたが、たしかにそういうものかもしれませんね。

■昨今、テレビはお笑い芸人であふれ返っていますが、落語家としての一面よりもテレビ界、映画界のスターといった風情のある笑福亭鶴瓶さんにしても、実はしっかり活動として落語の公演もなさっていますよね。そういう人は多いんでしょうか?

多いですよ。
(九代目林家)正蔵さんなどは名前も顔も売れていますよね。でも自分が今やっていること(テレビ、ラジオなどの仕事)にフラストレーションが溜まって、本格的なものをやりたいと寄席などにも非常に積極的に出てらっしゃいます。「体空いてるから代演いいよ」と出演する機会が増えたし、5月の鈴本の上席に10日間のトリをお受けになったりしていますよ。と同時に著名人林家正蔵という狭間でがんばっていると思いますね。
ただ、正蔵さんが本格本寸法の落語が上手いかっていうとそれは好き好きもありますので一概に言えませんが、「まだまだだよね」って人もなかにはいらっしゃると思います。でも正蔵さんがうちの会に出演してもいいよとおっしゃってくださっているようでそれは大変うれしく思っています。

同じようにテレビ界では有名とはいえませんが超売れっ子の(柳家)喬太郎さん。(立川)談春さんと人気を二分するといっていいと思うのですが、その喬太郎さんも本格のものをやりたいということで、こちらは10月に出演が決まったのですが、まあそういう著名人でありつつ本格本寸法の落語をやられる方を、営業努力をしてゲストとしてお呼びしたいなとは思っているんです。
キャパの関係でギャラの問題はありますが......。ただ、そのうえで正蔵さんも喬太郎さんも出演してもいいとおっしゃっていただいているのは大変光栄なことだと思っています。

落語研究会をご存じですよね。あそこは新作もやりますが、一人当たり30~45分くらい時間をとっています。もうなんといっても老舗中の老舗ですからね。それゆえ通の方が多すぎて「やってごらん、聴いてあげるよ」というにおいが若干ある(笑)、という風に聞いています。うちの場合はお客さんが適度にやさしく適度に厳しいので、ある落語家さんは「三田のほうがやりやすい」とおっしゃってくださっているようです。いずれにしましても、安い笑いはとりたくないという姿勢は終始一貫して持ち続けたいと思っています。

■「本格」ってとても大事なことだなと思います。なんでも軽ければいいってものじゃありませんし。

マスコミには物申したいっていう感じではありますね。
テレビの功罪も大きいですし、新聞の批評にしてもよいしょすればいいってもんじゃねえだろうって思うんですよ。私は辛口の評論って見たことないですね、ここ何年か。音楽にしても芝居にしても落語にしても、昔は厳しかったですよ、評論は。昨今では「こんなものやっててどうするんだ!?」という論調のものは見たことないですよ。

これは伊東四朗さんがおっしゃっていたと記憶しているのですが「笑いっていうのはアドリブとギャグでとるものではない。いい台本があって、ちゃんと稽古に稽古を重ねて笑いをとることのほうがどれだけ楽しいか」と。まさにそのとおりだと思いますね。
落語なんてものはちゃんと稽古していないと絶対おもしろくないですよね。百年二百年の時間を経て残ってきた古典というものは、それなりにおもしろさを持っているわけですから、台本がしっかりしているんですよ。それをめちゃくちゃにしちゃったり、あるいは稽古不足でおもしろさが伝えられなかったりっていうのは演者の責任ですよね。それは大きいですよ。
そういうなかで、もう60歳を過ぎてがんばっているさん喬さんとか権太楼さんという方々の勉強の仕方って半端じゃないですよね。ホントにすごいと思います。しかも華もあるしおもしろいし。ほかにも60歳代前後におもしろい方上手な方はいっぱいいるし、中堅から若手のなかにもいっぱいいらっしゃるんですよね。もう少しそういう人たちにスポットがあたるような、そんな世の中になってほしいと思いますね。

■最後に小澤さんが落語に執着する根本にある理由はなんでしょう?

はい。オーバーな言い方をすれば、日本人だからだと私は思っています。
落語が好きだってことはもちろん大前提にあるんですけども、こんなにすばらしい文化をゆがめてはいけないし消してはいけないというふうに、使命感みたいなものを持っています。これはすごく不遜な言い方だと思っています、自分でも。「お前がやらなくてもやっている人はいっぱいいるよ」って言われると思いますし、実際いっぱいいらっしゃると思います。お客さんに支えられる日本の古典芸能。能は別かもしれませんが歌舞伎にしても落語にしても庶民が培ってきた育ててきたものですよね。そういう意味でも絶対になくしてはいけない世界に誇れる文化だと思っています。それが原点かなぁ。

■本当ですね。今日はどうもありがとうございました。

いえいえ、こちらこそありがとうございました。



小澤栄三氏プロフィール~昭和歌謡の代表的プロデューサー

昭和34年:大学卒業後、ラジオ制作会社入社~FM東海(現FM東京)入社
ビクター入社後、昭和40年にレコード大賞新人賞:田代美代子/和田弘とマヒナスターズ「愛して愛して愛しちゃったのよ」、昭和42年にレコード大賞新人賞:佐良直美「世界は二人のために」ほか、昭和44年は佐良直美「いいじゃないの幸せならば」でレコード大賞受賞など、プロデューサーとして輝かしい実績を上げる。
ビクター~キャニオン~ビクター~テイチクを経て、平成2年、MIT(エムアイティ)ギャザリング設立



第11回「三田落語会」のお知らせ

2010年12月18日(土)

昼席:13時開場、13時30分開演
出演:春風亭一朝、桃月庵白酒

夜席:17時30分開場、18時開演
出演:柳家権太楼、入船亭扇遊

詳しくは三田落語会オフィシャルサイトへ(外部リンク)



●協力、写真提供:三田落語会(外部リンク)
MITギャザリング(外部リンク)
●文:Yahoo!オークション



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