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平松八千代さんインタビュー Vol.2

平松八千代さん 「ヤッチーの "I am Travelling Soul"」も好評連載中! インタビュー第2弾です。



インタビューに応じる平松八千代さん コーラスとベース

■そのバンドでは、どんな楽器を担当したんですか?

ベースやって」って言われて(笑)。で、ベースを始めたんです。それが最初のバンドですね。まあ、ギターやったりベースやったり、という感じでしたね。
ベースは、お姉ちゃんが「こうたるわ」って買ってくれたんです。エレキギターも、最初のを買ってくれたのはお姉ちゃんなんです。「お年玉ー」って。
昔はレコード屋さんで楽器売ってたんですよね(笑)。

■そのときには、すでにエレキギターも弾いていたんですね。

フォークギターの延長みたいな感じでしたけどね。
高校のとき、ゴダイゴがはやったんですね。「モンキー・マジック」とか一生懸命コピーして、弾いていたんです(笑)。バンドではできへんけど......。ディストーションをかけたサウンドを出したくて、エフェクター買ってきて「ギュワーン!」ってやってたんです。「うるさーい!」って言われながら(笑)。男の子がやるようなこと、やっていたの。アホやろ?

(一同爆笑)


■歌はなしで、ベースを?

歌は誘ってくれた先輩の女の子が担当でした。その子は歌が上手やったんで。「わたしは絶対プロになる!」っていうタイプの子やったんです。ならへんかったけど。
わたしは、コーラスしながらベースを弾いていました。




「ブタッ!!」

■スタジオを借りて練習をしていたんですか?

そうです。堺市にあるスタジオを借りて。それがね、かわいいんですよ。毎週日にちを決めて練習して。堺市まで出かけて。

■それが例の......。

「ブタ!!」って言われた? そうそうそこ! 「ブタ!!」......。(ヤッチーの "I am Travelling Soul" Vol.1、「ブタッ!!」事件を参照)

(一同大爆笑)

受けすぎやん。
そのバンドを組んでいたときは、ごっつい体格よかったんですよ。ふとももー! 制服パッチーン! やったし。

マネージャーIさん:信じられんなあー。

■ベーシスト! って感じ。

ベースやったら、ええかなって(笑)。気にしていなかったんですよ。やせたいと思わなかったし。高校1年のときがピークで、70kgあったんですよ。クラブの部長になって、ちょっと心労があって、65kgになったんですよ。
そんな笑わんでー。心労やで。
全然才能がないのに、「なんで部長せにゃならんの?」って。




インタビューに応じる平松八千代さん ■それは人望ですよね。

Iさん:そうよ。

いや、推薦でね。ほんまにね、推薦で決められるんですよ。

Iさん:いちばん目立っていたとか。

うーん。でも歌とギターはうまかったかな。技術はあったかな、と思うんです。
グループを組むんですけど、ほかの人がついてこれてないと、もうなんかイヤで。「もういい。ひとりでやる」って。すっごくイヤなやつだったんです(笑)。だから続かへんね、グループでは。
わたしが要求することがむずかしいから、友だちが「あんたと組むのイヤやわ」って。わたしすっごくイヤなやつだったんです。自分のことしか考えてへん。ほんまに。
だけど、弾き語りって楽でしょ。自分の都合のいい時間に練習できるし。でも弾いていたら、「あんたはイヤ」って言った子でも、「聴かせて」って言ってくるんですよ。歌の力はあったみたい。


■どんな歌を弾き語りしていたんですか?

それはね。もう暗ーい歌ばかり(笑)。「傘がない」とかね。

(一同笑)

高校2年の文化祭のときは、ジャニス・イアンが好きで。「グッバイ・ママ」というドラマの主題歌「ラブ・イズ・ブラインド」と......。あと草刈正雄が主演だった映画、なんやったっけ?

■「復活の日」。

そうそう! そのエンディングテーマ「ユー・アー・ラブ」とね、その2曲をコピーしてやったんです。その文化祭では友だちの変わった子が、「ホテル・カリフォルニア(イーグルス)歌いたいから、ベース弾いて」って言われて、ベース弾いたんです。むずかしいベースを弾いたのは、それが初めてだったんです。

■「ホテル・カリフォルニア」はむずかしいですよね。

そうなんです。「音が似てるかな?」程度で、ノリは全然あかんかった。だけど、演奏したらほかの学校の男の子(女子校なので、男の子は他校の生徒)が、口を「あーん」って開けて見ていた。

(一同爆笑)

「どうや!」みたいな。イヤなやつやったんです。「弾けるもーん」って。今考えたら「似てるだけや」、「似てるけど違うやん」って。そのときそんなことは、どうでもよくって、音を拾えて弾けたらそれで満足。ジコマン(自己満足)!

(一同笑)




インタビューに応じる平松八千代さん



一回死なんとあかん

■人前で初めて演奏したのは、いつになりますか?

学校では部活の発表会があったので、中1からやっていたんですけど、外でということになると、高校2年ですね。ベースを演奏していたバンドで。

■演奏曲は覚えていますか?

カルメン・マキ(&OZ)でしたね。「私は風」、「きのう酒場で見た女」。あと「ハートブレイカー」って誰だったっけ?

レッド・ツェッペリン

違う違う、女の人。誰やったっけ?

■(いろいろな名前が出て、最後に)パット・ベネター

パット・ベネター! そうそうそうそう! なつかしいー(笑)。
ボーカルの子がパット・ベネターの「ハートブレイカー」がすっごく上手で、最後はいつもこの曲で「締め!」だったんですよ。そんなんやっていましたね。「私は風」のベースがむずかしかったですよ。でも「絶対に完コピしてやんねん」って、もうひきこもり。

(一同笑)

■「私は風」は確かにむずかしいですけど、さっき出てきた「ホテル・カリフォルニア」はもっとむずかしいですよね。

うん。むずかしい。あのノリ、グルーブが出せないの。「似てる」......ってだけで(笑)。一回死んで生まれ変わらなけりゃダメかなって、人種が違うから。

(一同爆笑)

ちょっとレゲエのノリでしょ。それがわからなかったんですよ。
わたし、ちょっとだけベースを習ったことがあるんですよ、18歳から19歳にかけて。そのときお師匠さんに、「ホテル・カリフォルニアはな、こうこうこういうリズムなんよ」って教わったんです。「ほーー......。できません」って(笑)。その人は、大阪のサルサバンドのベーシストだったんですよ。すっごい上手な方でしたね。


---最初はベースだったんですね。でも弾き語りで周囲をつかむあたりは、ただものではなかった! 次回もどうぞお楽しみに!



●撮影・文/Yahoo!オークション

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