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平松八千代さんインタビュー Vol.1

平松八千代さん 「ヤッチーの "I am Travelling Soul"」、がスタートしました! もともと彼女のファンだった方や、サザン・ファンの方には説明不要な彼女ですが、「だれ? どんな人?」というみなさまのために、インタビューも合わせてお届けいたします。大阪弁がチャーミングな姉さん「ヤッチー」のインタビューで、その音楽バイオグラフィーをのぞいてみてください!
インタビューにはマネージャーのIさん(同じく大阪出身の女性)が同席したため、かなりフランクになっている部分がありますが、あらかじめご了承くださいませ(笑)。




インタビューに応じる平松八千代さん



平松八千代さんプロフィール

1964年、大阪府生まれ。2人の姉の影響で、ビートルズ、モンキーズなどの音楽を聴いて育ち、小学校6年生から独学でギターを弾き始める。
1989年、伝説のオーディション番組、「イカすバンド天国」出演をきっかけにLANPAのヴォーカリストとしてデビュー。3枚のアルバムをリリース後、メジャー・シーンから一度退く。
1995年、Gontitiのライヴへのコーラス参加をきっかけに、チチ松村のソロ・ライヴ、かの香織のライヴなど精力的に参加、活動を再開する。
1998年、小倉博和、佐橋佳幸と共にSOYを結成。6枚のシングルと2枚のアルバムを発表後、2000年惜しまれつつも活動休止。
2002年、斎藤誠のツアーにコーラス&ギターとして参加。その斎藤誠のツアーでゲスト参加した桑田佳祐氏に見初められ、桑田佳祐ドームツアー「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」にコーラス、ギターとして参加(7ヶ所15公演)。
2003年、サザンオールスターズ、SUMMER LIVE 2003"「流石だ真夏ツアー!あっっ!生。だが、SAS!」?カーニバル出るバニーか!??"にコーラス&ギターで参加、サザン・ファンからも"ヤッチー"の愛称で親しまれる存在に。
2005年8月、ROCK IN JAPAN 2005のサザンオールスターズのライブでも、コーラス参加。
また最近では、ライヴ・サポートのかたわら定期的にワンマン・ライヴを行うなど、アーティスト"平松八千代"としての活動も積極的に展開している。
オフィシャルホームページより




マイクが好き!

■お姉さんの影響で音楽を聴くようになったというお話が、ホームページに書いてありましたが、最初はビートルズですか?

最初はグループサウンズと、ビートルズよりモンキーズが、家ではよくかかっていましたね。
ちっちゃいころ、モンキーズの出演しているテレビ(Yahoo!オークション注:「モンキーズショー」=1967年より日本でもオンエアされた、ザ・モンキーズ主演のコメディー番組)を見ていました。再放送で。私、ドラムのマイク(・ネスミス)がちょっと好きやったんです。「マイクが好き!」って、なんじゃそれ。

(一同笑)

■再放送なんですね。お姉さんとは、年が離れていたんですか?

そうですね。姉二人は年が近かったんですが、私は10歳以上離れていたんです。
森山良子さんが出てきたころで、姉はギターを持っていました。そのギターは、そのころ姉がつきあっていた彼氏のギターだったんです。クラシックギターです。ナイロン弦張りっぱなしの(笑)。
それでフォークソングとかもいっしょに聴いていましたね。




カーペンターズ「緑の地平線?ホライゾンズ」のジャケット まんなかにはカレンが

■ご自分で、初めて買って聴いたレコードは覚えていますか?

初めて買ったアルバムは、カーペンターズの「緑の地平線?ホライゾン(1975年リリース)」っていうやつです。

■「オンリー・イエスタデイ」が収録されているアルバムですね。


そうそう、テレビコマーシャルで「オンリー・イエスタデイ」がかかっていて、「すっげえいい! この曲」ということで、買いに行きましたね。

■脱線しますが、そのころってベイ・シティ・ローラーズが、はやっていませんでした?

はやっていましたね?。友だちが「パット(・マッグリン)?!」とかいって夢中になってました(笑)。デレク(・ロングミュアー)のファンはいませんでしたけどね。デレクはちょっとルックスがあかんかった......。ひどいやろ。

(一同爆笑)

■それには関心なかったんですか?

私は関心なかったですねー。

■カーペンターズなんですね。

そうなんです。自分の「歌」の基本というか、まんなかにあるのが、カレン(・カーペンター)ですね。それはLANPA、SOY、そしてソロでやっている今も変わらず、私のベースにあるものですね。
カレンってすごいでしょ、ドラムたたきながら歌うしね。私とちょっと似てるな、と思うところがあって。「似てる」なんて言ったらちょっとおこがましいんですけど。
それはね、彼女は「歌(ボーカル)が絶対やりたい」と思ってやっていたんじゃなくって、ドラムのプレーヤーとしてやっていきたいと思っていたということ......。私もボーカルじゃなくて、ベーシスト、楽器のプレーヤーとして、やっていきたいと思っていたことなんです。それがバンド組んだら「まんなか(ボーカル)いけ」っていわれて......。こじつけなんですが、若干似つつ、って。




インタビューに応じる平松八千代さん 小6からギターを

■ご自分で歌うようになったのは、いつからなんですか?

私が小学校6年生のときに、フォークソング大好きな、2番目のお姉ちゃんがギターの弾き語りをしていたんですね。それで私も井上陽水、小椋佳をずうーっと聴かされていて。
当時の「平凡」か「明星」という雑誌の「歌本」を見ながら、それに書いてあるコードフォームを練習してね。「これは人指し指」「Aマイナーはこう」とか(笑)。(井上)陽水さんの「センチメンタル」というアルバムに入っている「夏まつり」をコピーして、弾き語りしたのが最初なんです。お姉ちゃんがいてないときに、一人で。

■お姉ちゃんがいないとき、というのはそのギターがお姉ちゃんの彼氏のギターだったから、なんですか(笑)?

いや、そのときはもう別れていたみたいで、ギターだけが、そこにポツーンっとたたずんでいて(笑)。もうファミリー用のギターになっていました。

■独学だったんですね。


独学で。教えてもらったのは、誰もがやる「禁じられた遊び(ナルシソ・イエペス)」。クラシックギターで最初にやるのって、たいていそうだったじゃないですか。アルペジオでね。お姉ちゃんの指を見て教えてもらって。コードとかは自分で覚えました。

■それが小学校6年! もうギターを弾いていたんですねー。

そうなんです(笑)。佐橋(佳幸)さんみたいに、早いことギター始めてんけどな。(比較して)「なんで?」みたいな。そこは女の子やから長続きせいへんかった(笑)。




キャロル・キングって......

■その後、ご自分のギターは買われたんですか?

いえ。しばらくそのクラシックギターをいじっててね。中学1年で部活を選ぶとき、「ギター、マンドリンクラブ」に入ろうと思っていたんですね。
私の通っていた学校のそのクラブは、よく大会とかに出ていて、有名だったんです。「私、絶対ギタマン、入んねん」って思っていたんですけど、クラブ説明会のときに「フォークソングクラブ」の演奏を聴いたんです。そしたら「こっちー」って(笑)。「もう入るー!」って言って、そのときに、1年生はちょっと割り引きでギターが買えたんですけど、私はもらったんです(笑)。お姉ちゃんが、友だちが「弾けへんから」って言ったのをもらってきてくれたんです。それはフォークギターでした。

■中学でそういうクラブ、あったんですね。

中学高校と、エスカレーター式の学校だったんですけど、部活は下が中1で上が高2だったんです。中1から高2を見たら、すっごいお姉さんでしょ。で、すっごいうまい人がいて、その学年は歌もギターも「バカうま」で。部長さんは、飛びぬけてうまかったんです。

■女子校だったんですか?

女子校です。それで「ギタマンもいいけど、歌も歌えるほうがいいかなあ」って。

■部活を始めたら、音楽的な影響は、そちらからも受けるようになったんじゃありませんか?

そうですね。でも洋楽は全然聴いていなくって。アリスとか(リンク先、伊勢正三)とか、オフコースとか、フォークソングでしたね。あとカーペンターズ。あ、家にね、アンディ・ウィリアムスがあったのでそれも聴いていましたよ。男前なんで好きでしたね(笑)。歌もうまいし。
そのころ五輪真弓さんの「少女」というシングルのB面に入っていた「空を見上げる夜は」がすごく好きでね。今もそうなんですけど、ちょっとエキゾチックなにおいのするコードだとか、そういうのに弱いんですね。五輪真弓はすごいよ。アルバムの「少女」(1972年リリース)なんか、あのキャロル・キングがピアノ弾いてんで。あのキャロル・キング様が! ね、アメリカまで行って、レコーディングしてるねん、デビューアルバムなのに。すごいねん。

マネージャーIさん(以下「Iさん」):知らんねん、その話。

私もな、それ知ったんなあ、最近やし。しかもな、キャロル・キングってどんな人かそれまで知らんかったし。

(一同笑)

キングいう名前やから、絶対黒人の鼻の穴の大きなおばはんや、って思っていたもん。すっごい失礼やろ。「キング牧師」からイメージしたんやね。ディオンヌ・ワーウィックみたいなおばちゃんや、思っていたもん。

(一同爆笑)

そしたら白人やったの。おいおいおい、アホや。なーんも知らんかったの(笑)。




インタビューに応じる平松八千代さん すぐおなかいっぱいに

■じゃあ「TAPESTRY(つづれおり)」とか聴いていなかったんだ。

もうぜーんぜん。最近やねん、30(歳)過ぎてから。

Iさん:珍しいなー。お姉ちゃんとか、聴いていそうですよね。

お姉ちゃんそこ飛ばしてるんですよ。なんでこれを聴いてへんねん、こいつらはって(笑)。「ほんまに邦楽ばっか聴きやがって、もうちょっと洋楽を聴きなさい」って感じですよね。そしたら私、もうちょっと行ってる方向違ったかもしれんって。うちの姉たちは浅く広くで。私ね、追求しないんですよ。「この人のこの曲いいね」で、すぐおなかいっぱいになる感じなん。勉強嫌いやから。

(一同笑)

Iさん:「すぐおなかいっぱいになる」、っていう表現ステキやったわ。


そうやねん。すぐおなかいっぱいになるねん。その1曲がすっごい良かったら、「あー、もうごちそうさん」って(笑)。はまりすぎないんです。あんまり集中力ないんです。続けへんのな。

(一同爆笑)

■じゃあフォークソングはけっこう続いたんですね。

高2でクラブが終わるまでは、どっぷり浸(つ)かっていましたね。
その間に先輩と「バンド組まへんか?」という話があって、その先輩がジャニス・ジョプリンとかフラワー・トラヴェリン・バンドとかカルメン・マキ&オズ、という渋いところを聴いていたんですね。あとディープ・パープルとかロックの基本的なところを教えてくれたんです。

---お姉さんの支援のもと(?)、音楽の道に踏み出した八千代少女。でもキャロル・キングの話とか、けっこうとんちんかんだったりして......。おもしろインタビューは、まだまだ続きます。次回もどうぞお楽しみに!




●撮影・文/Yahoo!オークション

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