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やっちー対談 〜宮原芽映さん Vol.1〜

平松八千代さん やっちー(平松八千代さん)が熱望して実現した対談。お相手は先刻ご案内どおり宮原芽映さん。
芽映さんとの出会いから恋の話(?)まで、気心の知れたシンガー・ソングライター同士(というかときどき女同士)の四方山話にお付き合いください。




左:宮原芽映さん、右:やっちー



キーワードは図書館、岡田徹さん、SOY

やっちー:(宮原)芽映さんとはSOYの「ひなぎく」からのお付き合いなのですが、あれが98年くらいなのでもう12年目になりますね。早い(笑)! 12年も続くとは思っていませんでした。

宮原芽映さん(以下「芽映さん」):そうですね。仕事で会ってもその後友だちづきあいをすることって滅多にないですからね。

やっちー:私はよくライブのときなども芽映さんのお話をよくするんですが、LANPAでデビューしたとき誰に歌詞を書いてもらえばよいものやらまったくわからなくて、図書館のポエム(詩)のコーナーによく通ったんですが、そのときこの、今日持ってきているんですが「熱のある真夜中のリンゴジュース」を見つけて。まず(表紙が)黄色で目立ったのと、タイトルと芽映さんの描いた絵がかわいくって手に取ったんです。そしたらその表現の仕方とかが大好きで、絵もとっても好きだったんですよ。これは墨を使って描かれたんですか?

芽映さん:そのころは筆ペンを使って描いていました。最近は水彩になったんですが、そのころはモノトーンで、筆ペンを使ってガシャガシャと描いていたことが多かったんです。

やっちー:私このタッチがすごく好きなんですよ。で、その本をしばらく借りて読み返して、「ああ、この人に詞を書いてもらえたらなぁ」って思っていたんです。結局その機会もなく、LANPAも解散してしばらく音楽活動からも離れてこの本のことも芽映さんのことも忘れていたんです。

芽映さん:そうだったんだ。でもLANPAって(ムーンライダースの)岡田徹さんが(プロデュース)やっていたんでしょ? 私ポリドールに所属していたころのプロデューサーが岡田徹さんだったので、実はとっても近かったんですよ。でも、会えなかった。

やっちー:そうなんですよね。岡田さんはLANPAの2枚目の「世界の秘密〜Young Person's Guide To This Feeling〜(1992年)」というアルバム、めっちゃ好きなんですが、これをプロデュースしていただいたんですね。そのときには芽映さんのお話は全然出てこなかったんです。

芽映さん:それは残念......。私、岡田さんには「ポートフォリオ(1986年)」と「マリーポーサ(1987年)」の2枚をプロデュースしていただいてどちらもすごく気に入ったアルバムだったのね。そのとき話が出ていれば......。

やっちー:そうなんです、すぐかなっていたかもしれない。ただ、岡田さんにプロデュースしていただいた後から、この芽映さん(の本)と出合ったんですよ。それは3枚目のとき(1993年)だったので。

芽映さん:そうね、それだと出なかったわね。

やっちー:その後しばらく間がありSOYを結成するときに、そこです、そのときです、「歌詞を誰に書いてもらおうか」となったときに小倉(博和)さんと佐橋(佳幸)さんから芽映さんの名前が出まして。「芽映さんがいいんじゃない? やっちーに合ってるよ」「そうだね宮原さんがいいね」......「え? 芽映さん、宮原?」......と記憶の糸をたどっていたら、「ああ!! それって『熱のある真夜中のリンゴジュース』の人じゃないですかーー?」「いや、僕はそれは知らないけど」って。

(爆笑)

芽映さん:私のほうは小倉くん佐橋くんから連絡をもらって「今度新しいユニットをやるんだけど、芽映さん詞書かない?」って。それで会ったのね。そのときやっちーが「私、実は図書館で借りて芽映さんの本を読んでいました」って。

(笑)

やっちー:笑ったでしょ?

芽映さん:いや、うれしかったのよ、すごく。図書館っていうのがかわいいじゃない? すごくうれしくて。

やっちー:そうそうそう。図書館は便利なんです。ただでいろいろ探せますから(笑)。

芽映さん:便利よね。でも図書館って返さなきゃいけないじゃない? それなのに本の名前まで覚えていてくれて。

やっちー:この黄色の表紙と、リンゴジュースっていう言葉と絵を覚えていたんですね。で、まさか数年後にそのご本人と会えるとは思っていなかったんで。もう夢がかないましたよ。ビックリしました。

芽映さん:でもなかなかそんな出会いはなかったので。いろいろな方に詞を書いてきましたが、そういうことはなかったので運命的なものを感じました。

やっちー:芽映さんには「そうそう、こういうふうに言いたかったんや私」っていうところまで書いていただいて、通じてしまうのが怖いくらいで。

芽映さん:小倉くん佐橋くんもほぼ同世代で、きっと彼らもおんなじ音楽を聴いて感動していたんだなぁって感じたし、やっちーと私は私のほうがちょっとだけお姉さんなんだけど、古い音楽知っているし。そんなに違いはないしね。だからどういう音楽に影響を受けたかってすごく大きいと思う。そういう意味では違和感がなかったのね。私いろんな人に詞を書いてきたでしょ。20代のころから始まって演歌の人も含めいろんな人にね。そんななかで30過ぎてSOYに詞を書くことになって、そのとき「ああ、これって自分に書くような感じだわ」って思って、相手に合わせるというのじゃなく書けたのね。そういう出会いってあんまりないんだよなぁ。

やっちー:いつもそう言っていただけるので。芽映さんに書いていただいたものは「こういうんじゃなくて」というのが私は全然なくて、ふっと入ってきて「これ以上はないんじゃない」って。「どうやって歌おう」と悩むこともなく。ホントに全幅の信頼を置いているという感じです。

芽映さん:ありがとうございます。ここで二人で誉めあっているのもどうかと思いますが......。

(笑)

写真上左:宮原芽映さん、右:やっちー




宮原芽映さん



言霊をちゃんと届ける

芽映さん:私が自分も歌う立場の人間でもあるんですが、ヤッチーと違って歌い上げるのではなく、それはそれでうらやましいところでもあるのですが、語るという感じなので、やっぱりそれぞれ自分の力を出し合えるというのはやっててよかったなと思っていますよ(笑)。

やっちー:芽映さんギターうまいんですよ。アルペジオとかバリバリ。めちゃめちゃええ音を出しますしね。ホンマにもう。

芽映さん:いやいや、耳が痛いわ(笑)。

やっちー:で、芽映さんのライブを見ていつも思うんですが、「作った人にはかなわんなぁ」って。いっつも思います。作った人が歌ったらゴッツイくるわー、なんですよ。私がどんなに一所懸命歌っていても「あー、届いてるかなー?」な感じなんやけど。

芽映さん:届いてると思うけど......。届いてるよ(笑)。

やっちー:なんかね、最近は以前よりもっと詞を大事にしようと、自分のなかでもっとかみ砕いて、自分の身にしてそれから出すみたいなふうにできたらいいのになと思いながらやっていて。芽映さんと出会ったころはメロディをちゃんと歌うのだけでいっぱいいっぱいだったんですね。どっちも作り手の気持ちを持つわけだから、ちゃんと間違えないで届けないととそんなことばかり考えていたんですね。そこに必死になるあまりに、本質的な部分である"言霊"がちゃんと届けられているのだろうかと、今はすごく思いますね。

芽映さん:最初はそうかもしれませんね。でも、あるときからやっちーは自分で詞を書きだしたでしょう、そのへんから歌も変わってきた気がする。私は逆に、人に詞をかくうえでそうだったよ。魂入っていないんじゃないかって、いつも思ってたよ。形だけ作っているに過ぎないなぁとか......。さっきやっちーが言ったけど、作った本人が歌うと魂が入ったように見えるんだよね。仕事としていいもの(作品)を作りたいと思って人に詞を書いてきたんだけど、やっぱりそれって形だけなんじゃないかなってところへ行ってしまうわけですよ。まあ、みんな最初はそうなのかもね(笑)。

やっちー:私も芽映さんのように、まるで自分が書いたかのような詞を書いてくれるときには安心して「お任せ」だったんですけど、自分が詞を書き始めると、お願いするってことは「すみませんお願いですから身を切ってください」って言っているようなものだなってことに気付いたんですよ。やっぱり人生経験がすごいですよね、芽映さんは。

芽映さん:来たか! やっぱりそこに来たかー。

(笑)

やっちー:「歩くパッション」とか呼んでいる人がいましたよ。「恋多き人やからね、芽映さんは」って言っていましたよ(笑)。

芽映さん:若いころ小椋佳さんのお仕事をお手伝いさせていただいたんですけど、いつも「この人若いけど、経験豊富ですから」って紹介されていて。でも、自分としては普通なんですけど、すごく惚れっぽくてすぐ恋しちゃってた、昔。

やっちー:惚れっぽいけど飽きっぽい感じですか?

芽映さん:そうそう。だから一番長く付き合った人でも3年くらいしかなくて......


---話がどんどんプライベートな領域に踏み込んでまいりましたので、本日はこの辺で!

写真上:宮原芽映さん




平松八千代オフィシャルサイト(外部リンク)
よわこの母、宮原芽映オフィシャルサイト(外部リンク)




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