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徳武弘文さんインタビュー Vol.1

独自のギター・サウンドで愛されつづける「Dr.K」こと、徳武弘文さんがギターラボに登場してくださいました。そのインタビューの第1弾!



寝ても覚めてもベンチャーズ

■徳武さんがギターを弾こう、と思われたきっかけはなんですか?

ぼくは53歳(1951年生まれ)なんですが、ベンチャーズで目覚めた世代なんです。「エレキにしびれて」という言葉があったくらいでした。中2のころ、14か15歳ですね。


ご自分のスタジオで取材に応ずる徳武弘文さん ■最初にギターを買われたのはそのころですか?

当時はね「エレキ弾くやつは不良だ」みたいな時代でしたから、親が買ってくれないんですよ。ぼくは私立の中学高校へ通っていたんですが、同級生に中小企業経 営しているところのせがれが多かったんです。そいつらはおやじさんが小金を持っているものですから、ポッと買ってくれるんですよ。それがうらやましくてね (笑)。うちのおやじはサラリーマンだったし「不良だ!」ってことで買ってくれないものだから。ぼくは「きまじめに」生物部の部員で、のちに部長になっ ちゃうんですが(笑)。生物部には部室があったんですが、どうしてもエレキが欲しくて、部室で木を切って、ギターの形にね。

ご自分のスタジオで取材に応ずる徳武弘文さん


友だちのエレキギターを見ながら作ったんですが、音なんか出るわけないんですね。格好だけだったんですがそれくらい好きだったので、おやじもさすがにあきれ ちゃって誕生日だったかクリスマスにプレゼントという形で、テスコの3ピックアップの2万円ちょいするエレキギターを買ってくれたんですよ。それが最初の エレキですね。
■それで、ベンチャーズ。

ベンチャーズですね。寝てもさめてもベンチャーズ(笑)。

■当時どういう練習方法をされたんですか?

練習方法っていうか、とにかくすり切れるまでレコードを聴いて耳でコピーですよね。アンプは買ってもらえなかったので、オープンリールのテープレコーダーを 録音ポーズの状態にしておくんですよ。そこにギターのシールド差し込むとテープレコーダーのスピーカーから音が出るんですね。それをアンプ代わりにするん です。またそれがいい具合にファズがかかったみたいにひずむんですよ。そういう工夫をしていました。


■渡辺香津美さんも同じようなことをおっしゃっていましたね。

うん。多分その世代の人はそうかもしれない。それでやっていたんだけど、そのうち中古のアンプをうちのおやじが見つけてきてくれて、買ってもらうんですけどね。

■じゃあエレキギターを持っているクラスメートと、バンドを組まれたんですか?

いや、バンド組んでる奴はむしろいなくて、ギターばっかりだったなぁ。下手するとクラスの半分くらいいたかなぁ。みんなギターばっかりで組みようがなかった(笑)。ベースとかドラムとかいうのは中3から高校くらいになってからかな、そういう仲間が現れたのは。


■最初にバンドを組んだのは高校生くらいのころですね?

そうですねー。高校生のときに自分の学校のやつもいたんだけど、近所の小学校のときの同窓生がドラムやっていたりね。でももっぱら自宅で、暑いのに雨戸締め切ってそれでパンパカ鳴らしていましたね(笑)。

■初ライブはそのころですか?

初ライブねぇ。いつだったかなぁ? 文化祭とかかな。ベンチャーズのレパートリーを演奏したと思いますね。「ダイヤモンドヘッド」「パイプライン」「朝日のあたる家」あたりの、よく知られている曲を演奏していましたね。

■でもベンチャーズの一大ブームだったとすると、出演するバンドすべてがベンチャーズを演奏したんじゃないですか?

そうですね。そんなスタイルのバンドが多かったかなぁ。あと寺内(タケシ)さんのスタイルの人もいたなぁ。それで先輩がタバコで退学させられたりね。そういう連中でエレキやっているやつはやっぱり多かったですよ(笑)。


当時を振り返りながら話す徳武さん まさにJ-POP草創期

■そのとき「自分はけっこういけるな」っていう感覚はあったんですか?

うーん。今にして思えばあったのかなぁ。ただもうがむしゃらで弾いていたから、自分がどの程度の実力か、なんてわからなかったからね。むしろぼくが「ギターを 弾く才能がある」って指摘されたのは、セミプロみたいになってからかなぁ。人から言われてってことかもしれませんね。

当時を振り返りながら話す徳武さん



■セミプロになられたいきさつは?

高校生のころですが、いわゆるベンチャーズ・ブームというのがひととおり終わって、ニュー・ロックといわれるヴァニラ・ファッジとか、マウンテン、クリーム みたいなバンドの音楽がはやって、演奏するようになるんです。そういう状況で大学に進むんですが、最初のうちはきちんと通っていたんですけどドロップアウ トみたいになってきちゃってね。で、そのころプロに近い人たち何人かと知り合うんですよ。

はじめに長崎の連中と知り合って、そのなかには のちにシュガー・ベイブのマネージャーになった長門芳郎さんがいて、それから矢野誠さんやブレッド&バター、山下達郎と知り合うんです。達郎はまだアマ チュアだったんだけど。当時四谷に「ディスクチャート」という音楽喫茶(ロック喫茶)があって、そこは夜営業が終わるとスペースを開放してくれたんです ね。シュガー・ベイブ組む前の達郎、大貫妙子とか野口(明彦)くんとかがいて、そこでいっしょに、アマチュアの活動なんですが、コカ・コーラのCMのデモ テープ作ったりしてね。はちみつぱいのメンバーとも知り合いましたね。

それからブレッド&バターがイギリス録音が終わって日本でライブを やるためのメンバーを探していたときに、後藤次利と吉川忠英さんとぼくが呼ばれたのかな。ぼくは忠英さんを慕って出入りしていたから、その関係で使ってく れたんだと思う。それから山本コータローがそこに出入りするようになって、「山本コータローと少年探偵団」を結成するんです。


----すごい顔ぶれがずらり! 「Dr.K」という愛称どおりのたたずまいを見せる徳武さん。続きは2月8日です。お楽しみに。

ザ・サレージ 【ライブ情報】
フィンランドから“ザ・サレージ”初来日! 徳武弘文さん出演。
2月16日(水)銀座TACT
2月18日(金)八王子シネクラブ
2月19日(土)原宿ブルージェイウェイ
出演:ザ・サレージ 徳武弘文/Dr.Kプロジェクト(ザ・サレージ以外の出演者は会場により異なります)

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