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土岐麻子さんインタビュー Vol.2

土岐麻子さん オリジナル曲でのアルバム「Debut」(9月7日リリース)が評判の土岐麻子さん。CMなどでもおなじみのあの歌声が満載の、心温まるアルバムです! その土岐さんに迫るインタビュー、第2弾です!



土岐麻子さん



俯瞰(ふかん)で全体を見るタイプ

■ところで、ジュリー(沢田研二さん)のオーディションの結果はどうだったんですか?

それはもう完全に落ちて(笑)。で、Cobaさんのほうは、最初バンドで歌っているのを送ったんですが、次に「弾き語りのを送って」って言ってきたんですね。でも「就職活動中なのでそれは勘弁してください」ってお断りしたんです。Cobaさんの関係者の方から、「せっかくのチャンスなのに」って言われました。
でもCobaさんは今でも覚えてくれていらっしゃるようなんです。友だちがCobaさんの劇団にいるんですが、「あの人どうしているの?」って(笑)。

■さきほど自分の声が嫌いだったっておっしゃっていましたが、歌うことを職業にされた今でも、嫌いですか?

しゃべっている声は今でも嫌いですね(笑)。ボーカリストの人って、大学のサークルでもそうだったんですが、言い方よくないんですけど、「自分が中心」っていう人が多かったんですね。バンドのなかでも女王様みたいなになったりする感じ。

(一同笑)

自分を100%出すことに賭けている人が多くって。わたしは、はたから全体を見ているようなタイプだったので、自分が歌っているときもそういう俯瞰で見るクセが抜けないんですね。
ギターをやっていた時、アンプとエフェクターで音を作るのが大好きだったんですよ。ギターは全然下手だったんですけど(笑)、カッコいい音とか、変わった音を追求するのが大好きだったんですね。それと同じような感覚で、最初は自分の声を100%生かす、という考えではなかったんです。
「自分の声のどこがいいところなのかな?」とか、「どんな声を出したら、この曲に合うのかな?」とかそういうふうに考えていたんです。自意識よりも、ちょっと突き放して考えていたというか……。

■客観的に見ていたってことですよね?

そうですね。どんな自分を見せたいか、なんてまるで考えていなくって。むしろ、そんなの見せたくない、って(笑)。




引っ込み思案だった小学生が……

■出たがりではないんですね(笑)。

子どものころは極端に引っ込み思案だったんですよ。小学校のときは。人前で話せなかったり、授業中先生に指されたらなんにも言えなくなっちゃうようなタイプだったんです。女の子同士で遊んでいるときは、すごく元気だったんですけどね(笑)。
で、女子校に上がってからは、積極的にいろんなことが出来るようになって、「目立ちたがり屋」というわけではないんですが、「企画したがり屋」だったんですね。学園祭でもクラスの出し物とは別に、有志で集まって会場を作ったりとか。毎年その有志のリーダーみたいなことをやっていて、みんなで作り上げることがすごい好きだったんです。
だからボーカルになっても、「自分を出せ」って言われたら困っちゃうんですが、バンドの1メンバーとしていろいろ考えるのは好きで、その延長線上で、ボーカリゼイションというのを考えていたんです。

■出たがりでもない、歌うのも嫌いだった土岐さんが今プロとして歌ってらっしゃる……。

そうなんですよねー(笑)。だからよく言われるんですよ。「なんであの土岐が、今そんなことをやってるの?」って。「だってあんなに一生懸命就職活動とかしてたじゃん」って。

(一同笑)




土岐麻子さん 留年……そしてメジャーデビュー

■1998年にシンバルズはインディーズデビューを果たすんですね?

そうですね。大学4年で卒業するつもりで、ある会社から採用内定もいただいていたんですね。でも留年しちゃったんですよ、まさかの。

(一同爆笑)

なまけていただけなんですけど(笑)。すごく厳しい先生の授業の単位を落としちゃったんです。それが卒業式の10日くらい前に分かったんですね。袴(はかま)とか、準備していたものも全部キャンセルして……。

(一同笑)

■内定のほうは、どうなったんですか?

その会社に留年の話に行ったら、「わあ、出た!」って(笑)。


ソロとシンバルズを平行するはずだった

「何年かに一人はそういう人いるんだよ」って言われて……。でも「半年待つから、半年で単位を取れるように履修して」って言ってくださったんですよ。わたしもそのつもりでやっていたんですが、半年後にシンバルズがビクターと契約することに決まったんです。
メジャーデビューが決まったので、「どうしようかな?」と……。
わたしが行く予定だったその会社というのは、仕事がけっこうハードで、バンドとの両立は難しそうだったんですね。で、考えたんです。「とりあえず即わたしが必要とされていて、わたしの意見がダイレクトに作品になるのは、シンバルズだな」って。いろいろ話し合ったりもして。「この先その会社に未練が残るようだったら、また受け直せばいい」って思ったし、腹を括って、シンバルズの道を選んだんです(笑)。
で、その会社には、半年後に「やっぱりやめます」と、お断りしたんです。

■ひょっとすると逆もあり得た?

そうですね。ちゃんと卒業していたら会社のほうを選んだと思います。

■卒業できてたとして、その時点で悩まなかったですか?

悩まなかったですね。趣味としてインディーズでCDを出していければいいな、程度に考えていたので。

■その後シンバルズを解散されて、ソロの道を選ばれたわけですが。ソロになって最初にやりたいなって思っていたことはなんですか?

そうですね。わたしはシンバルズと平行して、ソロ活動もやりたいなと思っていたんですよ。シンバルズはみんなで作りあげていたバンドなので、けっこう自分の趣味を全開にする場ではなかったんですね。もちろん好きな要素がたくさん詰まってはいたんですけど。
趣味全開のことをやりたいなって、シンバルズの後期のころ思い始めたんですね。シンバルズと平行してやることで、自分のなかではバランスが保てるな、って思ったんです。ずうっとシンバルズをやっていて、煮詰まってしまう感覚に陥ることがあったんですね。で、ソロの土岐麻子と、シンバルズの土岐麻子というのを二つバランスよくやっていきたいなって思い始めたんです。

それで1作目の「STANDARDS」をレコーディングにかかったんですが、そのときはまだ解散は決まっていなかったんです。レコーディングが全部終わったときに、解散が決まりまして。決まったら即解散となったので、「STANDARDS」をリリースしたときは解散後なんですね。
解散が決まったとたんに、ソロのアルバムが出たので見え方としては、ソロ活動ありきで解散、みたいに映ったと思うんですが、本当はさっき話したように、平行した活動のつもりだったんですよ。

■音楽のジャンルとしてはまったく別ですよね。「STANDARDS」は1曲目の「My Favorite Things」を聴いたとき、思わず鳥肌が立ちましたね。

(笑)。ありがとうございます。

■ほんとに。ぼくがシンバルズをきちんと聴いたことがなかったのがいけなかったのですが、日本にこんなボーカルがいたのか!? ってくらい衝撃的でしたね。

うれしいですね(笑)。




わたし流のジャズをわかりやすく

■ソロの第一歩をジャズのカバーで、というのは土岐さんのなかで温めていた企画だったんですか?

そうですね。シンバルズと平行してやるんだったら、ジャズのスタンダードをやりたいなっていうのがありました。
もともとジャズはそんなに聴いていなかったんですけど、シンバルズで歌うようになって、22歳くらいからジャズを「いいな」って思うようになったんですね。父親がジャズミュージシャンで、尊敬しているし、いつか歳をとったときに、父親といっしょにジャズができたらいいな、っていうぼんやりとした思いというか夢があったんですよ。「自分の趣味全開でやるんだったらジャズだ」、って(笑)。歳をとったらって思ってはいたんですが、「今やりたい」って。
シンバルズの活動があったからこそ、の企画だったんですよね。

ポップバンドの人が、フィールド違いのジャズを歌っているということがおもしろいだろうなって思ったんですよ。ジャズ歌手の人が歌えば、ジャズであって、ポップにはならないでしょ。あと、ジャズに興味がある人って実はいっぱいいるな、と思ったんですよ。そのころオレンジペコーや、EGO-WRAPPIN'が人気が出たり。みんなジャズっぽいものや、ジャズ的なものは好きなんだけど、本格的なジャズとなるとポップと対極にあるものなので、わかりにくいんだろうなって思ったんです。自分もそうだったし。
みんなが歌っている曲を自分流に歌うのがジャズだと思うんですね。なので、わたしが歌ったらきっと分かりやすいものになるだろうという自負があって、いわゆるジャズのセオリーで歌うのではなく、ロックだったり、ポップの人が歌う素直な感じで、崩さず、わりとストレートな歌い方をしたんです。でもバックの演奏はジャズ。そういうものを作りたいな、と思ったんです。

■その意図は見事に的中しましたね。今の説明で「あ、なるほど」と思ったのですが、もともとのフィールドがジャズであったか否か、ということは全然関係なく、音の完成度はものすごく高いアルバムですよね。「ああ、この人は自分の声の魅力をよくわかった人なんだー」と思ったんですよ、実は。でも「嫌いだった」なんて言われて……。

(一同爆笑)

■あのアルバムの選曲や方向などは、土岐さんがおおむね決めていたんですか?

そうですね。「My Favorite Things」を最初に入れたいという明確なビジョンがありました。ジャズのスタンダードに関しては父親に相談した部分もあるんですけど、「September」をぜひ入れたいとか、いわゆるジャズの人にたくさん歌われているスタンダードというのとはまた違った、「これもはやスタンダードでしょ」という意味のスタンダードを織り交ぜて出したいな、と思っていました。

■なるほど、もはやスタンダードですよね。で、2枚目の「STANDARDS〜on the sofa」へとつながるわけですね。あ、「愛のテーマ」! これ好きな曲なんですよ。某CMで流れたのを聴いたときに、「これ誰!?」って家で大騒ぎしたんですよ。

(一同笑)

この曲はわたしも(昔の)飛行機のCMでしか知らなかったんですけど、ごらんになったというCMのお話が最初にあって、それからCD化したものなんです。




土岐麻子さん 両方あって、土岐麻子

■今年9月にオリジナルアルバム「Debut」を出されて、「STANDARDS」シリーズと二つの活動になるわけですが、ここで土岐さんの「STANDARDS」を聴かせてくれた社内のファンからの質問をさせていただきますね。

はい(笑)。

■オリジナルを作るのと、STANDARDSを作るのではどちらが楽しいですか?

それはまたシンプルな……。

(一同笑)

どちらも楽しいですよー。どっちかが楽しくなければ、そちらしかやらないでしょうから(笑)。両方あってちょうどいいんだと思うんですよ。その両方があって、土岐麻子、というのが出来つつあるなあって思うんです。
本当だったらオリジナルの「Debut」が先に出て、後から「STANDARDS」というほうが分かりやすかったのかもしれないですけどね。さきほど言ったように、シンバルズの活動と平行して、と考えていたのでそうなったんですけどね。もし先にオリジナルの「Debut」を出していたら、絶対シンバルズと比較されたと思うんです。まず、わたしのボーカルを聴いてもらいたかったという思いもあったんですよ。そのうえで「Debut」を聴いていただけたらいいなって。

■なるほど、そういう作戦だったんですね(笑)。ところで英語の曲の発音がすごくかわいいというか、わかりやすいかったのですが、これは?

ええと。シンバルズも英語が多かったんですけど、活動の後期からイギリス人の女性の先生に来ていただいて、発音チェックをしてもらっていたんです。




「はじめまして」という気持ちを込めて

■もうひとつ社内ファンからの質問なのですが、今回のアルバムのタイトルを「Debut」とした理由を教えてください。

土岐麻子の正体というのを自分で考えたときに、もちろんジャズ歌手ではない。フィールド違いのわたしがジャズのスタンダードを歌うから「STANDARDS」も成立するわけで、元になるフィールドのものも出さなきゃいけないなと思ったんです。
シンバルズっていうのはロックバンドだったと、わたしはとらえているんですが、日本語でポップスというのが好きなのでそれを出せたらなって思っているんです。
メインの帰る場所、お家みたいなのを作りたかったんですよ。なので、順番が逆になっちゃったんですが、「はじめまして」という気持ちが強くあったのでこういうタイトルになったんです。

■これが本来の土岐麻子です! ということを示せたってことですよね?

そうですね。ほかのタイトルだと、出した順番に流れているだけの感じがするんです。「Debut」っていうタイトルだと、そこでいったん区切りができるというか、そういうイメージなんです。




---11月9日にはニューアルバム『STANDARDS gift』がリリース予定の土岐さん。楽しみですねー。 次回のインタビューもどうぞお楽しみに!



土岐麻子さんアルバム「debut」ジャケット 土岐麻子さんニューアルバム「Debut」
発売中! その清新な歌声は必ずや聴く者のハートをつかむことまちがいなし!
【収録曲】
1. ロマンチック
2. 私のお気に入り
3. ウィークエンドの手品
4. Under Surveillance
5. 夕暮れよ
6. プラネタリウム
7. Takin' it slow
8. ブルー・バード
9. It's a short life




●文/Yahoo!オークション ●協力/有限会社エル・ディー・アンド・ケイ
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