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私とビートルズ~世良公則さん

世良公則さん ザ・ビートルズ特集インタビュー、世良公則さんの登場です!
世良さんが音楽の道に入ったきっかけとなったのは、ザ・ローリング・ストーンズとの出会い。
ストーンズ漬けだった世良さんから見たビートルズとは? 一歩引いたところからビートルズはどんなふうに映ったのかをお聞きしました。世良さんご自身のライブ情報も掲載!
 ザ・ビートルズ特集2010

写真:世良公則さん




世良公則さん


実はビートルズの方がワルかった......

■世良さんといえば(ザ・ローリング・)ストーンズに洗礼を受けてロックの道に入った、という認識があるのですが、一般的にはストーンズが「ワル」で、その対極に(ザ・)ビートルズがいるという構図で語られますよね。ストーンズにハマっていた世良さんにとってのビートルズってどんなだったのでしょう?

ビートルズはわれわれよりも一世代前の、いわゆる「団塊の世代」といわれる人たちがリアルタイムで、その思春期とビートルズ、ストーンズがシンクロしている世代。で、われわれはそのひとつ後の世代で、全世界的な彼らのイメージが少しできたころなんですね。そういう意味では選びやすかった時代で、だからこそ素性は知らずともそういったムードのなかでビートルズ、ストーンズを感じていた世代といえるでしょうね。

ストーンズは不良の音楽で、ビートルズはどちらかというと(学校の)クラブのキャプテンみたいな子たちが放課後教室で歌っていると女子生徒が周りに集まって、なおかつみんなで合唱ができる、っていうような音楽で。ストーンズは基本的にエレキ、電源入れないとカッコのつかない音楽っていうイメージがあったのね。それから30年、40年という月日が流れ、両者の音楽が世界的に認められ影響力を持っていくことになるんですよね。

ただ、ストーンズのメンバーの方が育ちのいいおぼっちゃんたちで、それが「反社会的」なイメージで売り出し、ビートルズの方が下町というかダウンタウンの出でロックンロールをやり始めて、彼らは世界を獲る直前から質が変わっていったっていうのかな。ストーンズの不良性とビートルズの優等性ってのは、実は本来は逆だったと思うんだよね。初期を比べると、ビートルズのほうが音もエッジがきいているし、歌詞もストレート。特に最近それを感じますね。ビートルズを語らせたらって人は世のなかにいっぱいいると思うんだけど、僕のようにビートルズ信奉者じゃないからこそ「価値のあるビートルズ」って存在が認められるってこともあるんですよ。
ビートルズが好きで好きでしょうがないっていう人たちではなく、ひとつの音楽としてポップスだロックだというジャンルの垣根を超えて認めさせてしまったという怖さというか大きさがおもしろいんですよ。信者ではないからこそ洗礼を受けているという認識があるんです。

僕が思春期のころは、聴く、コピーする、バンドで練習するといった具合に、日がな一日ローリング・ストーンズに明け暮れていたのでビートルズに向き合う時間ってのが実はあんまりなかったんです。あるときラジオから「Come Together」が流れてきて、その瞬間「誰? ビートルズ?」ってすぐにわかったんだけど、そのロックしている感覚が異常にカッコよかったっていうのを覚えているんだよね。「おまえ、そこ(「Come Together」)まで時間かかったのかよ」という突っ込みがあることを覚悟で言いますが(笑)。

さきほど言ったように、とにかくストーンズに明け暮れていたので、ある日のその「Come Together」を耳にした瞬間に電気が走ったんだよね。「カッコイイ! このリズムはなんだ?」と。中学のころにイメージしていたビートルズ、放課後みんなで歌っている感じが、実はどこかで変わっていた。そこにジョン(・レノン)ポール(・マッカートニー)がいた。ミックとキースとは明らかに違った何かがそこにあって、それが時代とクロスオーバーしたんだと思うんです。




世良公則さん


ミュージシャンとしての腕や勘を信じて方法論を捨てていく

■「Come Together」という曲名が出ましたが、それは世良さんにとってビートルズの代表的な曲ということになりますか?

出会いがそこだったのでね。そこからさかのぼったんですが「Help!」とかそれ以前のロックンロールをやっているビートルズを知って、前のめりなビートルズがすごく好きになったんですね。レコーディングでクオリティーを追求するバンドだと思っていたからね。だから個人的には「Let It Be」になったことがすごくよかったんです。「Oh! Darling」「Get Back」といった最後のころのビートルズ。スタジオレコーディングの粋を極めつつ、技も磨きつつも、人間からしか生まれないグルーヴ感を持った8ビートをちゃんと演奏しているところ。自信っていうのかな、そういうところが好きでしたね。そのころストーンズは第3世界やアイリッシュ、民族音楽などを取り込むことによって自分たちの揺らいでいるグルーヴ感を際立たせようとしていたんですね。

ビートルズは新しい音楽の創造主であると同時に、10代のころのスリーコードのロックンロールをやってとがっていたころに原点回帰しようとしたかどうかは、(ビートルズ史の)専門家じゃないからわからないけど、そこをきちんと表現できるんだよね。そこがいちロックファンをつかむんだと思うんですよ。
「Sgt.Peppers'」や「Abbey Road」のクオリティーの高さはビートルズが当たり前に満たしている条件だったのだけども、「Let It Be」から感じたのはクオリティーじゃなくて自分たちのアマチュア時代からふつうに持っていたものを出すことがいかに難しいか。ミュージシャンとしての腕や勘を信じて方法論を捨てていく、そこで表現できるものが自分たちのクオリティーなんだっていうふうに僕は感じたんだよね。そうなると解散は早くなるんですけどね。

ストーンズはミックがエンターテインメントビジネスとしての完成形を、積み重ねることを繰り返して作り上げたけど、バンドの音楽としての完成形ではないしね。僕はいつも言っているんだけど「ストーンズはいつも5分だけ先をいっている」って。それが中途半端だからステキでカッコイイんですよね。ビートルズっておそらく1年も2年も先をいっていたし、他の人なら1年かかる作品を半年かからずに作れる力があったんだと思うんです。
戻しますが、「Let It Be」を聴いて、ここまできたら後は「個々」なんだろうな。だから「「あ、もうこれで最後かな」ということを感じましたね。特にその前あたりからその才能を開花させたジョージ・ハリスンリンゴ・スターといった存在も大きいですよね。ストーンズは「チャーリー・ワッツのドラムがすごいんだ」って言われ出したのってここ15年くらいのことで、その前は「なんでロックンロールバンドにジャズドラマーがいるんだ? ミスキャストだろ」って言われていて、でもそれがおもしろかったわけだし。今となってはチャーリーのあのバックビートあってこそのストーンズだっていわれますが、ビートルズの4人ってそういうミスキャストがないですよね。




世良公則さん


「オレは誰なんだ?」の答えを出していった

■なるほど。たしかにそんな感じですよね。ところで、昨年オリジナルアルバムのデジタル・リマスター盤(CD)がリリースされ、最近ジョージが選曲したといわれる「赤盤」「青盤」のリマスター盤がリリースされました。世良さんはビートルズ=アナログの世代ですが、これらのリマスターされたCDをお聴きになってどう感じられましたか?

そうですね。僕がアナログ盤(レコード)を聴いていた時代は特に高級なオーディオを持っていたわけではないので、こうしてCDであらためて聴いてみて、実に細かい打楽器だったり鳴り物だったり、裏メロディーのサポートだったりが、異常に入っていることに気がついたんだよね。彼らはラジオや安物のオーディオ装置では聴きとれないにも関わらず、その時代にすでにそこの革新をしようとしていたんだろうなっていうことに、なるほどなと。実はそういう音が仕込まれていたからああいうサウンドに聞えていたんだなと感じましたね。彼らのなかでは、アナログ時代にすでにデジタルリマスターみたいなことが始まっていたのかなと思うんですよ。
CD時代が到来して、僕なんか「こんなシャカシャカした音なんか聴けるかよ」って言っていた急先鋒だったはずなのに、あるときからそれを受け入れ始めるようになったきっかけでもありますよね。ビートルズとレッド・ツェッペリンはレコーディングでこんなことやっていたのか、ということがデジタルリマスター化されたことであらためて僕にとってのカルチャー・ショックだったんだよね。

■好きなんで話それちゃいますが、おっしゃるとおり数年前に発表されたツェッペリンのリマスター盤を聴いたときにアナログ盤やリマスター以前のCDとの音の違いにびっくりしましたね。

ね。そうなんですよ。こんなに細かなレコーディングをしていたのかっていうくらい、ね。たとえば(ジョン・)ボナムのドラムなんかちゃんと聴こえていなかった部分が抜群な絡みとなってこのグルーヴになっていたんだとかね。かと思えばライブではつまんないブルースを延々と10分も20分もやったりするね(笑)。スタジオワークとライブワークの誰にも再現できないことを彼らは再現して見せたからスゴイんだよね。

ビートルズに戻すと、彼らが「Sgt.Peppres'」のような名盤といわれるアルバムを制作しているころは産業革命の真っ最中だたんだろうなって。使う道具が変わると、自分も変われるとか。

話がまた脱線しちゃうけど。たとえば音楽、写真、映像っていうのは同じジャンルのなかだと思うんですよ。音と映像というのはまあ親戚関係みたいな表現方法っていえると思うんですね。僕が写真の個展を開いたとしても、まあ実際Tシャツのデザインをしていますが、「まあ! ええーっ?」てほどの開き(差異)はないですよね。でも、陶芸だと「ええ?」になる。陶芸をやっていると、土をいじって形を作ってね、それを火で焼いて完成させるという過程を経て作品ができて、これが自分の表現の一端なんだなと痛感したときに思ったんだよね。道具が変わることによって、本来自分が表現したいと思っているものが形を変えて表出してくることで、また本来の音楽に戻っていける。それを音楽のなかでやろうとすると、それはすごく難しいんだよね。使える道具が限られてくるから。
ふだん自分が使っている道具でしかできないしね。逆にそれを「匠」として高めていくことはできるのだろうけど、どんどん深くね。

ビートルズの場合は、音楽というジャンルのなかでその道具を変えてしまった、くらいのインパクトはあるよね。だから世界がビックリしたし、いまだに神格化されているっていうのはそういうことなんだろうと。ドレミファソラシドを使って、ギターやドラムを使って産業革命をしちゃったってことなんだろうね。だから、ビートルズやツェッペリンというのはともに英国のバンドで音楽の産業革命を起こしちゃった担い手であり、特にビートルズはそれによってより洗練されていったんだよね。

■そうなんですねー。私はかなり後から知ったのですが、自分のなかではシンセサイザーといえば富田勲さんやキース・エマーソンで、メロトロンといえばイエスキング・クリムゾンなんですが、実は最初にポピュラーミュージックで使ったのはビートルズだったんですよね。でも、それはあくまでも表現するための道具のひとつであって、下手すると「どの音がそれなの?」って印象だったんです。

そうだよね。だからリマスターされた音を聴くとちゃんと左右にいたりとか、回ってたりとか。そういうのを発見すると、初めてそれ(シンセなど)に接したときの「あ、これおもしろい」って感覚は同じクリエイターとしてはわかるんですよね。そこで響いてくる音によって自分が作るメロディーラインが変わったりとか、コーラスをかぶせる音の探し方が変わったりとか。同じギターでも使う種類が変わると歌う自分の声を出すニュアンスが変わったりとか、いつもならここでシャウトするんだけどスーッと入っていたりとか。同じギターでもタッチの違いでそうなるんですよね。それが違うサウンドの出る道具ってことになれば、自分のオリジナルなものをより煮詰めていけたりするものなんですよね。それを使うことによって濾(こ)されて残った原液みたいなものでね。おそらくそういう意味で彼らはどん欲だったんだろうね。ジョンやポールは、そういうフィルター越しに出てくるものがいかに自分に近いかってことを、すごく意識していたんだろうね。そうすることによって"Who Am I?"の答えを出していったんじゃないかなと思うんです。

ストーンズはその点ろ過していないから、これからもプロデューサーを変えたり、楽曲提供者を変えたりしながら、まさに転がり続けていくんだろうなと。まあ、転がり続けていける60代なんていないからね。ストーンズって転がりながら成熟しようとしている珍しい存在なので(笑)。それはそれですばらしいから「もう体力的にムリ」ってとこまで行ってほしいと思うんだけど、ビートルズってもっとも体力も気力も充実しているときに、ビートルズとしての最後の一滴を絞るという作業に入っていったのかなと思うんですよね。

解散後の彼らを見るとわかるでしょ。ポールがウイングスを結成したことなんかホントに、ライブでギターはこういう音を出すんだとか、照明はこんなでステージの意匠はこんなデザインでとか、この音のときにこう出て行ってとかイメージを作りながらレコードも作っていたし、ジョンは逆に、音楽はあくまで結果で、「何」に音楽をまとわせるかってことの方が重要だったりね。僕なりの解釈だけど、どんな言葉にどんなメロディーを乗せるかってことを突き詰めて考えて、最終的に音楽をまとわせるというね。その絶妙なバランスの上に成り立っていたのが「ビートルズ」なのかなって思います。




世良公則さん


もし生きていたら、音楽よりも人の質を変えたかったのかなと

■ストーンズとの対比でよりビートルズ像がより明確になったような気がします。ありがとうございます。
さて、今年はジョン・レノン生誕70周年、亡くなってから30年が経つわけなのですが、世良さんにとってのビートルズ以後のジョン・レノンってどういう人だったのでしょう?

さっきも言いましたが、ポールがビジョンの見える音楽づくりをしていったのと対照的に、ジョンはなぜ作るのかとか、歌詞の言葉の選び方とか、たとえば一つの単語や言い回しが別のことを表現していたりとか、"Love"の意味や対象が私的なものからグローバルなものに変わっていったようにね。
でも、ソロになってからのジョンはすごくシンプルになっていってますよね。たとえばアコースティックギターを多用したりとか、リズムとメロディーの対比でいくとメロディー楽器がとてもシンプルになって歌の周りにちゃんとあるとか。僕には歌詞とサウンドのバランスが、英語の理解力ということも含めてとてもいい距離感だったんです。刺激的すぎないというかきつすぎない。それが後からきちんと二重三重の意味がわかってきたり、インタビューなどで解説しているものを読んで「深いなー......ああ、そういう精神の表れだったんだなぁ」とかね。

紡ぎあげた糸をじっくり解いていくとそこに芯となっている錦糸が見えたりするんですよね。あきらかに織り込んであるんだなってことがわかってはたんだけど、それをほぐしていくときらりと輝く錦糸が見える。もしジョンが生きていてその作業を繰り返してきて、そこに残してきた足跡をたどれたとしたら......、それはちょっと怖いかもしれない。もしくは活動していたのかな? と。 70歳まで生きてノーベル平和賞とかとってほしかったなぁとか思ったりもしますが、それは「音楽」と呼ぶのかな。音楽を使ったひとつの「活動」ではあるだろうなと。おそらく世のなかに何人か生きていてほしかったなと思える音楽家がいますよね。ジミ・ヘンドリックスジャニス・ジョプリンとかね。でもそのなかでジョンはまた違うんだよね、もし生きていたらって想像すると。音楽よりも人の質を変えたかったんじゃないかなと、僕は思うんですよ。

マザー・テレサになったか、はたまたレス・ポールおじさんになったか。ひょっとしたらその両方になったのかもしれないと思うんですよね。演奏し続けることによって"LOVE=LIFE"の伝道師になったのかもしれないし。そんなことは誰にもわかんないけどね。ただ、個人的にはそうあってほしいなと。願わくばポロンっとギターをつま弾いて自分の発する言葉だけが音楽として成立してそこにあるという境地というか、それこそがジョンの出す答えだった、というのがいいな。




世良公則さん


久々の音屋吉右衛門やGUILD9も

■ありがとうございます。さて、世良さんご自身の音楽活動についてうかがいたいのですが、11月21日(日)アコーステックライブ 世良公則×今野均が六本木のスイートベイジル(STB139)で行われますね。エリック(・ゴーフェン)さんとは違うバイオリン奏者の方とのデュオですが、今野さん、やはりエリックさんとはかなり違いますか?

違うんですよねー。全然違うんです。
高嶋ちさ子さんがやってらっしゃる「めざましクラシックス」にときどき参加させていただくんですが、今野さんはそこのコンサートマスターなんです。それが縁で2008年に厳島神社で僕がアコースティックライブをやったときにいっしょにやっているんです。そのときの感じがすごくよかったのと、そこでしかやらなかったメニューがあったので、今野さんに来ていただいて厳島神社でしかできなかったことをスイートベイジルで再現しようということになったんです。広島だったので来られなかった人もいっぱいいて、こんな曲をやったとかウワサだけが飛び交ってね。

厳島神社の境内にある千畳閣というのは、太閤秀吉が戦没者慰霊のために建立した大経堂なんです。本当は金ぴかの建造物になる予定だったんですが、建立の途中で秀吉が没し、工事が中止されて板壁や天井の板も入っていない未完成の状態なんです。だからこそ余計に雰囲気があっていいんですけどね。そこを開放してお客様に入っていただき、宮島じゅうに響く大きな音で演奏させていただいて。その後、ある番組で宮島を訪れたときに、そこにあるお好み焼屋さんが「あれはよかったねー。ここまで音が届いてたよ」って言ってくれて一年後くらいだったんだけど、そのときのポスターをお店に貼ってくれていて。思い出深いライブになったんです。それを六本木で再現してみようと。

今野さんはエリックとは違うんですね。透明感があってリズミック。エリックは僕のフレーズに重ねることを想定して演奏するんだけど、今野さんはスパーンっと切り込んでくる感じ。それがやっててとても気持ちいい。エリックはソロを弾くとドレミが日本人の僕たちとちょっと違うなって感じがするんです。入り方とか間の取り方に驚かされたりね。今野さんの場合は切れ味が日本刀っぽいんですよ。だからさや走りがわかるんですよ。走ってくる感じがね。「抜くな」って感じとか。剣道でいうところのドン! っと踏み込んでくる感じがしますね。情緒的なところと踏み込んでくるところが武道の間合いみたいな感じ。終わったら弓が半分くらいバラバラになっているくらい激しいんですけどね。

■年内はそれが最後ですか?

ちょこちょこ地方にうかがって、いつもやっているお気楽ライブの番外編とかディナーライブはありますが、それが最後です。
年明けは1月に音屋吉右衛門が大阪であります。2月に、GUILD9をバンドのコンサートとしてちゃんとやろうよとニッポン放送さんからの企画がありまして、みんないろいろ調整してくれてやることになりました。エレキもたまにはやりたいしね(笑)。どうぞご期待ください!

■そうですか! 楽しみにしています。今日は長時間ありがとうございました。

こちらこそ。どうもありがとう。




ライブ情報

◆世良公則 presents SPECIAL 2DAYS 音屋吉右衛門(世良公則×野村義男)
日時:2010年11月8日(月)
会場:名古屋ブルーノート(愛知)

◆世良公則 presents SPECIAL 2DAYS 世良公則×神本宗幸 DUO
日時:2010年11月9日(火)
会場:名古屋ブルーノート(愛知)

◆愛媛CATV、ミュージック・エア presents 世良公則 ソロ・アンプラグドライブ
日時:2010年11月14日(日)
会場:砥部町文化会館(愛媛)

◆音屋吉右衛門(世良公則×野村義男)「さあ!どこからでもかかってきなさい!2011迎春」
日時:2011年1月8日(土)
会場:なんばHatch(大阪)



世良公則さん 撮影:SHOKO SOGA
場所:都内某所
日時:2010年10月下旬

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世良公則オフィシャルサイトへ(外部リンク)
●協力、写真提供:MR.SERA PROJECT
●文:Yahoo!オークション



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