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ザ・ビートルズ特集 〜角松敏生さん 私とビートルズ Vol.1〜

ザ・ビートルズ 10月2日(金)よりスタートするツアー「TOSHIKI KADOMATSU Performance 2009 "NO TURNS"」のリハーサルと、プロデューサーとしての激務の合間を縫って、角松敏生さんがご自身と「ビートルズ」を語ってくれました。今回はその第1弾! 角松さんとビートルズの出会いをお届けします。
徹底した音作りにこだわる『職人肌』の角松さんによるリマスター盤試聴の感想はVol.2でお届けします。




角松敏生さん


最初にハマったポップスは「ビートルズ」

■角松さんがビートルズと初めて出会ったのはいつのことですか?

兄が8つ年上だったことや、父親が趣味でオープンリールのテープレコーダを聴いていて、そこにビートルズの初期のナンバーも入っていたと記憶してるので、1965年か66年には触れているんですよ。5、6歳のころですね。ただ、東京オリンピックのことは覚えているんですけど、ビートルズ来日の騒ぎのことは覚えていないんですよ。
そんな状態ですから、本格的にビートルズを聴くようになったのは小学校の4、5年のころから。ポップミュージックというひとくくりが正しいかどうかはわかりませんが、その前にバート・バカラックを買ったとかいうことはありますが、好きになって夢中になって追いかけた対象としては初めての存在でしたね。

そして「第2次ビートルズ・ブーム」というのがやってきて、ビートルズが解散したのが1970年ころだから72年か73年。そのころのことなんですが、デパートで「ビートルズ・フェア」とか(いう催事)やっていて、そこへ行ってグッズとかポスターを買った記憶がありますね。「ビートルズ・フェア」と題してはいますが、ビートルズが出てくるわけではなく、日本のロックバンドが出てきてビートルズのナンバーをちょっとだけ演奏するみたいな、ビートルズの曲が聴けるのかなと思って待っていると、内田裕也さんとクリエーションが出てきて「トゥッティ・フルーティ」なんかを演奏するんですよ。「のっぽのサリー」とかやったら後は全部自分たちの曲をやるみたいな(笑)。どっちかというと裕也さんとクリエーションのプロモーションステージみたいな感じでね。「ビートルズ・フェア」と題してそういうことか、と思いながらもクリエーションってスゴイなという日本のロックに対する目覚めのきっかけでもあったんですけどね。
まあ、ビートルズは最初にハマったポップスでした。で、すごくマニアだとはいいませんが、でも相当深く追いかけた方だと思っています。

■小学5年生くらいでハマったっていうとけっこう早熟な感じがしますが、やはりお兄さんやらお父さんの影響が大きかったのでしょうね。

あとね。モノラルの「ラジカセ」が出たんですよ、当時。これが大きかったな。
ラジオを聴いていて自分が「あ、いいな」と思った曲がかかるとバシッと録音ボタンを押して、いわゆるエアチェックというやつね。あれがスゴく好きでね。そうやっていろいろな番組で自分の好きなタイプの音楽をエアチェックしていたんだけど、それがたまたまビートルズが多かったんですよ。
それとビートルズ専門の番組も多かったんですよね。石立鉄男さんがやってらした「ビートルズ・ストーリー」っていうのと、岸辺シローさんの「ビートルズ・スペシャル」というのがAM放送であったんです。文化放送だったかなぁ。それは毎週欠かさず聴いていたし、あと、みのもんたさんが「カム・トゥゲザー」という番組をやってらしてそれもたまにビートルズがかかっていたんです。小学生なのでLPレコードなんてそうそう買えないでしょ、だからビートルズの曲はそうやってエアチェックで集めていたんです。のちのち小遣いをためてアルバムを買うようになっていくわけですが。そういう出会いでしたね。

写真上:インタビューに応じる角松敏生さん、下:「アビイ・ロード」ジャケット




アビイ・ロード / ザ・ビートルズ ■最初にお小遣いで買ったビートルズって何でしたか?

なんだったけなぁ? ......なにしろいろんなのが出ていたんですよ。日本だけのもので、コンパクト盤って知ってます?

■ええ、持っていました(笑)。

シングル4曲入ったやつね(笑)。ああいうのを含め、いろいろ出ていたんですよ。そういうのから買い始めたと思います。アルバム(LP)ってのは高かったから手を出せなかったね。
で、小学6年のクリスマスに、兄が「そんなにビートルズが好きならコレを聴け!」といってプレゼントしてくれたのが「アビイ・ロード」なんですよ。なのでアルバムという単位で初めてしっかり聴いたのは「アビイ・ロード」なんですね。




「アビイ・ロード」はビートルズとしてのひとつの完成形

もちろん初期の曲のすばらしいのは膨大なエアチェックがありましたから知っていましたよ。そして持っていないものを埋めるように買い始めるわけなんだけど、ボクが「ビートルズが好きだ」って言うと周りの友だちも好きになったりするわけですよ。するといつの間にか友だちの誰それが何々を先に買ったってことになって、「ああ、いいなぁ」って。そして貸し借りになったりと。そういう感じでしたね。最初は「アビイ・ロード」からですね。

そしてビートルズの伝記本なんかも出版されていて、そういうのを買って読むと知らないアルバムもいっぱい載っているんですよ。で、比較的初期の「ヘルプ!」とか「ラバー・ソウル」は早めに買ったかなぁ。
ただ自分が本当に欲しかった「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」というのはなかなか手に入らなかったんです。売っていなかったんですよ、レコード屋さんに。まあ近所の吉祥寺界隈ですけどね。売っていないんですよ。
当時の洋楽の流通ってのは、そんなにマメではなかったんだと思うんですよね。「サージェント・ペパーズ」も70年代後半からみればけっこう前の作品になりますよね。だからバックオーダーを入れていないんですね。だから、どこだったかなぁ......。
ああ、そうだ! 母親の実家が地方だったので夏休みとかそこにいくんですよね。そこのレコード屋さんで見つけたんですよ「サージェント・ペパーズ」。「おお! あったー」って(笑)。すごくうれしかったですよ。もちろん買いましたよ。
ほんとにそれくらいビートルズの在庫がなかった時代で、「マジカル・ミステリー・ツアー」ってどんなだろうとか。だから10年近く前の作品をバックオーダーしてちゃんと揃えておく、という概念がレコード屋さんになかった時代だったんでしょうね。1973〜75年くらいのころのことですけどね。

■「赤盤(ザ・ビートルズ1962年〜1966年)」「青盤(ザ・ビートルズ1967年〜1970年)」が出た(1973年リリース)ころですね。

そうですね。ビートルズ初の編集盤として出たやつですね。それも最終的には両方とも買ったと思います。キャバーンクラブでの演奏が収録されたものも買ったりしていましたからね。
ギターを始めたきっかけもビートルズがやりたいってことで、練習するのもビートルズの曲ばかりでしたし。バンドやろうぜっていうんで、小学校のときにすでにギターをやっている友だちがいたのでギターでジャカジャカとやったり、中学ではエレキに持ち替えてベース、ドラムスとバンド形態でコピーしたのはもやっぱりビートルズで「デイ・トリッパー」とかですしね。

■じゃあ本当に角松さんの音楽のスタートはビートルズから、といっていいんですね。

そうですね。そういうことになりますね。

■いろいろなエピソードのある角松さんですが、もし1枚選んでくれといわれたら何を選びますか?

うーん。どうなんだろう。やはりいっちばん聴いた「アビイ・ロード」ですかね。
で「アビイ・ロード」が好きだっていうのは王道だと思うんです。まあ、それまであれだけのことをやってきた人たちが、最後にもう一回仲よくやろうぜといって作った作品だし、なんかそういうものになっていますよね。

■そうですね。「レット・イット・ビー」の険悪な関係を考えると、あの後のこととは思えない作品になっていますよね。

うん。でも、そこには彼らが10年近い年月で培ってきたもの、感じてきたものがすべて昇華されて結実しているのかなと思いますし、レコーディングの技術とかそういったものも使いこなしていますよね。ちょっと前の「サージェント・ペパーズ」「ホワイトアルバム」のような実験してます感よりもちゃんと使いこなしているというか、機材による効果的なものもすべてビートルズとしてのひとつの完成形なんだろうなあというふうに思うので、まあ兄はなかなかのチョイスをしてくれたなぁとは思いますね。

写真:インタビューに応じる角松敏生さん




角松敏生さん



ジョージとリンゴばかり見ていた時期があった

■これは愚問かもしれませんが、わりとお話を聞くと多くの方がビートルズを4人の塊として捉えている方が多かったのですが、角松さんはいかがですか?

ボクはですね。あのう......ジョージリンゴばかり見ていましたね。

■ええ!?

(笑)あのね。ジョンとポールってのは目立ち過ぎていて見えないっていうか、なんていうか。後ろでやっているジョージとリンゴばかり見ていましたね、なぜか。ジョンとポールはいてあたりまえ、で、この人たちの役割はなんなんだろうと。そういうのを見るのが昔から好きだったんですね。
レノン=マッカートニーのスゴさっていうのは自分が音楽をやることでわかっていったことであってね。聴きはじめのころはジョージとリンゴが、ジョンとポールを支えているんだと思っていましたからね。
ジョージ・ハリスンって(アルバムでは)「リード・ギター」っていうクレジットだったんですね。ジョン・レノンは「サイド・ギター」でね。ギターを始めた小僧にはリード・ギターの方がエラく思えるわけなのは当然のことなんですよ。だからジョージの方がギターがうまい、とずっと思っていたんですよ。でも「レット・イット・ビー」とかでジョンがリードギターを弾いているのを見て唖然としたりして(笑)。
昔はコンボとしての役割を明確にするため「リード」だ「リズム」だと分けていたわけだけど、実際はそうじゃなくてね。ビートルズは最終的にはそういうこと関係ないじゃないですか。ま、でもそういうところから入っていったので、ジョージやリンゴの曲がアルバムに入っていると喜んでいましたもの。ジョンとポールじゃない彼らがフィーチュアされた曲って好きでしたねー。
後からですよね、ジョンとポールがスゴいっていうのは。まあ、スゴいの当たり前すぎてスゴいってあえて言いたくないっていうかね。
ウチに貼ってあったポスターも4人いっしょのではなく、「レット・イット・ビー」のジャケットのなんだけど、4人が一枚ずつになったやつがあって、それを貼っていましたもの(笑)。

■好奇心で伺うのですが、それら角松さんの買ったグッズやポスターは現存しますか?

いやあ、もうないですよ(笑)。だからその辺がマニアじゃないんですよ。先ほどお話しした兄に買ってもらった「アビイ・ロード」はもうないですもの。それもね、カラーレコードっていうやつで赤い盤だったんですよ。それとっておけば結構な値がつくんじゃないかな。きれいにとっておけばね。

■うわーっ! もったいない......。ヤフオク的にはそこ、おいしいネタなんですけどね。

もうね、どこにいったものやらわからないですよ(笑)。で、ボクはすごく雑に音楽を聴いていましたよ。レコード盤を大事に扱って、針を掃除してなんてことはまったくなく、バーンって置いて針をドーンって。

(一同爆笑)

もうね、雑っていうことじゃなくって、とにかく早く聴きたい聴きたいってのが先なものだからね。ガーンって。早く音出てくれーってね(笑)。

写真:角松敏生さん




角松敏生さん



「TOSHIKI KADOMATSU Performance 2009 "NO TURNS"」

2009年10/2(金)福岡サンパレス ホテル & ホール
2009年10/4(日)大宮ソニックシティ
2009年10/8(木)札幌市教育文化会館
2009年10/10(土)仙台市民会館
2009年10/24(土)グランキューブ大阪(大阪国際会議場)メインホール
2009年11/7(土)東京・NHKホール
2009年11/14(土)愛知県芸術劇場 大ホール
2009年11/20(金)神奈川県民ホール




角松敏生オフィシャルサイト(外部リンク)
Sony Music Entertainmentオフィシャルサイト(外部リンク)




●文・写真:Yahoo!オークション
●写真提供、協力:BEANS Inc.



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