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世良公則さんロングインタビュー Vol.6

世良公則さん日本屈指のロックボーカリスト、世良公則さん。そのロングインタビューの第6弾です。日本のロックのために現状打破すべく、テレビ出演した経緯などを熱く語ってくれました!



世良公則さん



僕にとってのツイストは

■実際スタート時のツイストと、初めて「夜のヒットスタジオ」に出たツイストは別なんですね?

うん。こないだもファンの方のパーティがあってちょっとしゃべったんだけど、みなさんが「ツイスト、懐かしいね」って言ってくれるあのツイストは、サメちゃん(鮫島秀樹さん)とかがいるツイストなんだろうけど、僕はやっぱりその前のメンバーを思い出す。

■そうなんですか。

うん。一緒にコンテストを受けたり、ベース担当だった僕がボーカルに変わった過程を一緒に過ごしてきていたころの、あのツイストをね。あのころのメンバーは、今大阪でグッズを作っている会社を経営してたり、東京でグラフィックデザインやってたりとか、F1マシンのシャーシ作っていたんだけど、今や所在不明で放浪の身になってるやつとか(笑)。それが(僕の)前のボーカルでね。変わってるやつなんですよ。
ちょっと前までは名古屋辺りでF1のシャーシを作ってる精密ナントカの加工の仕事をしていたのが、放浪癖があって。いきなりその仕事ほっぽり出して、釣り人になってるとか(笑)。今は何をやってるのかわからないんですけどね。

■そうなんですか。

あと配管工ね。おやじの仕事を継いで配管工の社長をやってるベースだったりとか、ドラムはメガネ店やってたりとか。で、神ちゃん(神本宗幸さん)はいまだに一緒にね(笑)。そこに「神ちゃん用」っていう鍵盤が置いてあるでしょう(といいながらキーボードを指す世良さん)。

■はい。

いつ来てもすぐリハーサルや打ち合わせがここでできるように。

■じゃ、神本さんだけがオリジナル(メンバー)で一緒に残って。

そうなんですよ。だからある意味みなさんがいつも「ツイスト、ツイスト」って言ってくれるあのツイストにはあんまり未練がない。それは僕が冷たい人間だからじゃなくて(笑)。その前の過程のツイストが自分にとっての「ツイスト」の原型なので。みなさんが知っているのは、デビューするために集まった人間たちなので、どっちかっていうとスタートからプロっぽい集まり方してるのね。




Charの出現

■そういう結成秘話があったんですね。

そうそう。で、神ちゃんは大学2年になって(大学に)通いながらね、音楽やって。1、2年やって、どうせこういうのは落ち着くんだから。ロックなんてのは、まだまだポピュラーになるのはもう少し時間がかかるから。Charとかもね、ギター持って出てくれて、原田真二もすごいヒット曲作りの天才だし、こういう人間がやっとテレビに出て。今まで先輩たちはテレビに出ないのがカッコいいとか言ってるけど、でもシングルのプロモーション時期になると「中継だけ」で出てくる人がいたりとか......。

■ええ。

4分じゃできないけど10分くれるんなら出てもいいとか、そういう交換条件でテレビに出ていたんですね。僕らは無条件。とにかくやってる姿を見せて......。その勇気をくれたのはCharなんですよ。




世良公則さんオリコンの赤丸

■へえ。

同年代なのに、10代からN.S.P.のバックをしたり。プロとしてギターを弾いていて、なおかつ僕らがデビューする1年くらい前にはレコードをリリースしていてね。「NAVY BLUE」とか「SHININ' YOU?」とか歌ってたわけなんだから。
で、歳見たらね「あっ、同い年じゃん」って。で、英語の曲もあれば日本語の曲もあると。日本語で歌ってエレキギター弾いて、グループサウンズじゃない、「ロック」をやる時代なんだと。で、Charがそうやってメジャーでやってくれたから、僕たちもそれをもっと時間かかるかもしれないけどやってみようって。

僕が大阪時代にライブハウスの穴蔵のなかでね、「オリコン」っていう雑誌を見ているときに、先輩たちに「この最初のページの左側の"赤丸"っていうのに、日本のロックバンドは何でいないんですか?」って聞いたんですよ。
それこそCAROLからソロになった矢沢(永吉)さんだったりとか、ジョー山中さんだったりとか、フラワー・トラヴェリン・バンドだったり、外道だったりといろんなロックバンドやソロになった人たちがレコードをリリースしているのに、何でここに出ていないんだ? って。
歌だってうまいし、詞だってガツンとくるし、サウンドだって洋楽みたいなのに、何で、歌謡曲とか演歌しかないんだ? って。

■ええ。

同じ日本語の音楽じゃないか! 浜田(省吾)さんだって、愛奴=AIDOをやってるときは広島のスーパーバンドで「スゲエ!」って思っていて。でも、まだそのころの浜田さんはオリコン左ページの"赤丸"で50位以内とか入ってきてなかったから。それが悔しくてね。僕は「いつか、その時代がきますよ!」って。そしたら先輩は、「世良。理想は理想だから。夢は夢でいいけどね」って言ったんです。「でも、こんなやつが居るじゃないですか!」って。それがCharだった。

■うーん。

喫茶店でアルバイトしてたから(レコード)かけたのね。そしたら「何、これ?」って聞かれて。「これ弾いてるの、日本人だよ」「えっ! 日本人なの!?」って、ロック知らない人たちは言ってたんですね。




日本にもロックの時代が来る!

■そうですね......。

当時僕らがコンテストに出て「あんたのバラード」を演奏したときは、レコードになっている演奏よりすっとハードだったんですよ。もっと重かったし。要するにもう、BBA(ベック・ボガート&アピス)の「Sweet Sweet Surrender」とか、オーティス・レディングを(ローリング・)ストーンズみたいにしたらどうなる? とか。なおかつ日本語で自分たちらしくやったらどうなるとか、紆余曲折(うよきょくせつ)をへている曲なので。ライブハウスも狭いから、お客さんのイスの背もたれを、「あぁんたに!」って大きなアクションをしたら殴っちゃって。手から血を出しながら、とかね。

■うわっ!

でも「流血のライブ」とかいわれて、次の週お客さんが増えたりなんかして(笑)。
うん。そういうなかでやっていて、日本語で歌ってるんだから伝わらない訳と思ったし。僕はCharを見ても、ストーンズを見ても、フラワー・トラヴェリン・バンドを見てもカッコいいと思ったし。うん。井上堯之さんのギターの「傷だらけの天使」とか。カッコよかったよね!
あれは歌がのっていないけれども、日本人がやるバンドの音楽だよね。それがね、ドラマで使われているんだよ?「もうそういう時代がくる!」って言い切ってたんですよ。で、たまたま自分がそう言っているときに(ポプコンの)グランプリを取って。テレビに出る機会があったりとか。取り上げてもらう機会があったり。雑誌に載ったり、ラジオ出演とかね。 

■ええ。




世良公則さん若い女性が熱狂しない文化なんて

街を歩いてたら商店街でさ、いきなり自分の声が流れてくんのよ。「えっ!?」って思ったらラジオ流してて。大阪の番組で流してくれたりしたんですよ。
ほかの人たちは「やれメッセージがどうの、音楽的にどうの」って言ってテレビを拒否したり。先輩たちも、そうですよ。それこそ人気の高かったあるロックシンガーの方も「テレビじゃ歌えねえよ?」みたいな。うん、先輩たちはそういう時代だったかもしれないけども、俺が育った時代は、エルビス・プレスリーだって「エド・サリヴァン・ショウ」に、下半身の動きがあまりに過激だったから上半身しか映してもらえなかったけども、出たとか、そういうことも僕は必要だと思ったんです。

イギリスからビートルズがアメリカに来て、その番組(エド・サリヴァン・ショウ)に出たとき、アメリカの大人たちが想像する以上に、若者たちが熱狂したとか。やっぱりいつの時代も若者は音楽を変えていくし、ファッションを変えていくし、時代を変えていくっていうのを僕たちはまざまざと体感しているわけですよ。

■ええ。

ビートルズが日本にやってきた。もう「キャーーー!」って女の子が絶叫している。日本だと「キャー」って言われるとバカにしたんですよ、昔はね。「あんなのミーハーだよ、ロックなんてダメだよ」って。でもビートルズだってストーンズだって、若い女性が熱狂しない文化なんてそんなの理屈だけだよ、と。
こんなにうまいとか、こんなにすごいとか言ったところで、そんなお題目ばっかり唱えられたって、一緒になって「イエイ!」って言えないものが、なんでこの(オリコンの)左ページに載るんだよ! って気がすごくあったんで。「俺たちはそこへ出て行こうぜ」って決めていたんですよ。

■ええ。




野球やらずにロックを

だから僕らの後に出てきた先輩なんですけど、円(広志)さんは昔、こーんなカーリーヘアでバッド・カンパニーの曲を歌ってたんですからね。

■へえー!

「大阪のポール・ロジャース」って言われてたんだから。もう、バツグンでしたよ。あのバッド・カンパニーはピカイチでしたね。円さんは、万博のお祭り広場のゲストだったんですよ。だから3万、4万という若者が、「ウオー!」って円さんのZOOMってバンドが演奏するバッド・カンパニーに熱狂していたんですから。アルバムそのまま、全部やれちゃうの。ライブアルバムあるじゃないですか。あれそのまんま!

■すごいですね。

まあグランプリを取って、後輩の僕が先にデビューしちゃったんだけど、全国区では。
でも2年後に、「飛んで飛んで」で出てらっしゃったときには、風貌(ふうぼう)も変わってたけれども。でも、要するに「メジャー」にいくっていうことの抵抗感はどんどん大阪でもなくなっていった。でも大阪なんか、たとえば上田正樹さんがテレビに出て歌ってらっしゃると、焼き鳥食いながらね、ブルースのお兄ちゃんたちは、「ああ、キー坊魂売ったなあ」って言ってたんですよ。

■テレビに出ることに対してですか?

うん。あと大阪弁でしゃべらないこととか。まあ話してれば自然に大阪弁は出るんですけど、シングルの歌詞は東京の言葉だったり。「やっぱ好っきゃねん」とか、そういう大阪弁のバラードはみんな認めるんですけど。最初のころはちょっと違うバラードだったんですよね。東京に出て洗練された。ソロになられてからね。でもなんか「こんなにうまい人がいるんだって思えばいいじゃないか。演歌や歌謡曲だけじゃない、こんなブルースを歌う人がいるんだ。しかも日本語なんだ!」っていうね。
Charだってギターぶら下げて出てくれば「(フェンダー)ムスタング」が何台売れたと思ってるのって。みんなバットを買って野球少年になるべき人が、何人エレキ少年になったの? 僕を見て、何人が野球少年にならずに、学校でバットを振らないで、ホウキを振り回してスタンドマイクの代わりにしたの? ってことですよ。

■ええ。




世良公則さんプレスか僕らか

そのころ、Charは10代からの実績があるけどそれに比べてツイストはミーハーで、「あんなのロックじゃねぇよ」って言われたけど、僕たちがそのころインタビューに答えていたことは、「10年後、20年後。僕は世良を見てロックを始めました。ツイストを見てエレキギターを始めましたってやつが日本のロックシーンに現れたら、僕らの勝ちですよね?」って言ってた。

■ええ。

「あなたの書いた原稿で、何人がよし、オレロックやるぞと思いましたか? 僕らがあなたたちに何を言われようと、ロックを続けることで、オレはあれがきっかけで今ここでプロをやってますってやつが出てきて、同じステージでイベントかなんかで、脇で「銃爪(ひきがね)」かなんか弾いてくれたら、僕らの勝ちだよね? って(笑)。
そう言ってたら、ヨッチャン(野村義男さん)なんか「銃爪」を「うん、ソラで弾けます」って言うし(笑)。(奥田)民生くんだって弾くし、布袋(寅秦)くんやあの世代だって、みんな弾ける。

■ええ。

だったら僕らの勝ちじゃんって(笑)。今のロックシーンを支えてるもうベテランになってきてる子たちでさえ、弾けるんだもんね。でも僕たちは、「だから理解してくれ」とも言わなかったしね。ずうっと黙ってやってきて、自分が四十代になってきてから、あのころはこうだったんだよねって話をするけど、その当時は言われっぱなしだしね。それはそれで僕も面白かったしね。




多様性にあふれた時代の幕開け

■なるほど、確かにチャートが変わってきたのは、世良さんたちが出てきてからですよね。

で、その後サザン(オールスターズ)が出てきたりして。
まだ、サザンはもっと学生の色が濃かったから。そしたらもう大学生が、文化祭とかは全部あのお祭りロック。ちょっとロックにうるさかった奴らはギター弾きながら、Charや(原田)真二だったり。ちょっと歌のパワー感とかパフォーマンスなんかにあこがれたやつらはツイストをやったりとか......。

そのうち、今、櫻井哲夫さんと一緒にやってるけども、櫻井さんが参加していたカシオペアが出てきたりとか、東京ではね。テクニックバリバリの渡辺香津美さんが俄然(がぜん)脚光を浴びるようになったり。そっちは「テクニック派」。
ツイストは「テクニックないもんね、へただもんね」って言われているけど、今そのテクニック派の人たちと、僕セッションしているからね。渡辺さんであれ、櫻井さんであれ、年上であれ、年下であれ。うん。全然関係ない。やっと「ジャンルとかまったく関係ないよ。気が合えばいつでも音出せるよね」って。確かに櫻井さんが僕のバンドで(ベースを)弾くと少しフュージョンぽいフレーズが出るんだけど、それはそれで味なのよ(笑)。

■たしかにそうですね(笑)。

だからって「オレのロックが変わっちまうぜ」とか全然思わないし。「あ、こんなフレーズがオレの曲に合うんだ。おもしろいねって」。そういう域にやっと達してきたんだよね(笑)。

■なるほど、そうですか。......コーヒー飲ませていただきます。

どうぞどうぞ(笑)。ごめんね、最初の音楽の話が「銃爪=引き金」になったみたいで。

(一同爆笑)

■いえいえ、とっても楽しいです。本当に熱く語っていただいて。

聞かれたことだけに答えていればいいのかもしれないんだろうけど(笑)。




---ロックが日本で市民権を得た、といっていいのは70年代の終わりころ。ツイストやサザンがテレビに出だしてからのことです。その背景には、たたかれてもくじけない世良さんの、「ホンモノのロックスピリッツ」があったからなのかもしれませんね。次回もどうぞお楽しみに!



【世良公則さんDVD情報】

11月20日、モーション・ブルー・ヨコハマにて行われた、「世良公則、神本宗幸、エリック・ゴーフェン アコーステックライブ」が2006年3月29日まもなく、DVDでリリース予定です。どうぞお楽しみに!


●文:Yahoo!オークション
●写真提供・協力:有限会社ミスターセラ・プロジェクト
●協力:株式会社アトスインターナショナル

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