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世良公則さんロングインタビュー Vol.2

世良公則さん日本屈指のロックボーカリスト、世良公則さん。そのロングインタビューの第2弾をお届けします。ベーシストだった世良さんが、なぜボーカリストになったの? 今回も「!?」、なお話満載です!



バンド内オーディションで......

■「歌うこと以外は好きだった」とおっしゃっていた世良さんが、歌うようになったきっかけはなんだったのですか?

ぼくはずっとベースをやっていた、とお話ししましたよね。ぼくのバンドはコンテストに出て決勝まで進んでも、なぜか賞が取れなかったんです。それがあるコンテストで、審査員の方に「きみたちのバンドはボーカルが弱いんだよ」と言われたんですよ。
そのときにボーカルを担当していたやつは、カッコよくってロッド・スチュワートが日本人だったら、きっとこんな感じだろうなあってくらいのパフォーマンスをしていたんですよ。
ぼくが「ツイスト」でデビューしたころ、よく「ロッド・スチュワートに似てるね」って言われたんですが、それはロッドの影響じゃなくって、そのボーカルの彼の影響だったんですけどね。

(一同笑)

ボーカルの彼はその後ギターになったんですけど。フェイセスやローリング・ストーンズのコピーもやっていたので、もちろんロッドは好きでしたけど、ぼくはベースだったので、山内テツさんとかジャック・ブルースといったベーシストが好きだったんですよ。さらにキース・リチャーズロン・ウッドジェフ・ベックといったギタリストも好きだったんですけどね(笑)。




世良公則さん



その審査員の方に言われた言葉をきっかけに、バンド内オーディションをやったんです。その結果、ぼくの声が一番いいということで、元はベースとコーラスだけだったんですが、「しばらくベースとボーカル、両方やっててくんない? そのうちにボーカルかベースかどっちかを入れるから」ってことになったんです。
で、歌っているうちに「なかなかいい声なんじゃないの」という話になってね(笑)。それから、「どうせ自分が歌うなら」ということで、オリジナル曲も書くようになり、それがバンドの主力楽曲になっていったんですね。
それで、ボーカルかベースを入れるという話が、しだいにベースを入れるという話にシフトしていって......。ぼくがマイクスタンドを持つようになって、バンドも成功していったんです。19か20歳のころのことです。「おれが歌うのかあー」って感じでしたけどね。




ひどい響きだったけど、誇らしかった

■話が戻るんですが、3歳からバイオリンをやっていたということですが、バイオリンという楽器は、フレットレスですから正確な音を出すのが、すごく難しい楽器ですよね?

ちょっとした握力のかけ方でも違ってきますしね。4分の1音、半音はすぐに変わりますから。

■それから比べると、ギターは案外簡単だったのではないですか?

いや。あのね、やっぱり「F」は押さえられないという壁にぶつかるんですよ。別物なんです。
「1977」というぼくの曲のなかで、1968(nineteen sixty-eight)というぼくが13歳、ギターを始めたころのことが歌詞に出てくるんですよ。

「初めておぼえたCのコード それはもうひどい響きだった それでもなぜか誇らしくて 夜眠れないほど心がざわめいていた」

、というものなんですね。
最近それを歌うようになったのも、そのころのことを思い出すからなんです。
最初、PPMの「Where have all flowers gone, long time passin'......(『花はどこへいった』をくちずさみながら)、C、Am、F、Gという循環コードを覚えるときの最初のCが(口まねで)ひっどい音だったんだけど、指を痛くしながらでも順々に覚えていくのが、もう楽しくてたまらない(笑)。

中学のころ団地を抜け出して、一軒家に住むようになったんですね。それがうれしかったのかもしれないんですけど、人前で歌うのは嫌いだから、よくテラスとか屋根の上に登ってベンチャーズを弾いたり。当時は歌本があったので、それを見ながら(井上)陽水さんとか、(吉田)拓郎さんとか、ニール・ヤングとか、ギターを弾きながら歌を歌っていたんです。一人だと歌えるんですよ。内向的発散型ボーカリストだったんですよね。

(一同爆笑)

それが中学のとき。




どうして譜面どおりに弾かなきゃいけないの?

クラシック(バイオリン)では譜面に書いてある同じメロディーを、みんなが同じように競争して弾きあって誰が一番うまいか、なんですけど、ロックはそういう世界じゃないんですよ。
下手くそでも味があって。たとえばボブ・ディランは決してギターがうまい人ではないけど、彼がギターを弾いて歌っているのは異様にカッコいいとか。日本のアーティストでも、ゴールデンカップスはギターがカッコいいとか。井上尭之さんは歌わないけどギターがカッコいいとか。

昔作られた曲の楽譜を、誰がいちばんうまく弾けるかじゃないでしょ。ぼくもツィゴイネルワイゼンまでは行ったんですよ。完奏はできませんでしたけどね。で、もうどんどんサボり始めて......。「どうして譜面どおりに弾かなきゃいけないんだろう」という気持ちがもたげ始めたころに、コード譜どおりにC、Am、F、Gを覚えれば、いろんな曲が歌えるということに出合った。
「オリジナル!」って、イワイデ君という友だちが失恋したときに、友だち3人で「イワイデ君はかわいそう」という曲を作ったんですよ(笑)。今でも覚えている「イワイデくんは かわいそう(くちずさみながら)」。その覚えたコードのなかでいけるんですね。それが初めて作った曲なんですが。

同じ五線譜のなかに刻まれている記号でも音符ではなくコードだったら、そのなかに「好きなメロディーをはめていいんだ」っていうので、バイオリンをさぼりクラシックをさぼり、どんどんロックのほうへ......。




インタビューに応じる世良公則さんスピーカーにマイクを近づけて直録り

中学に入ったころ、深夜放送にハマったんです。DJっていう人がいてね。今でいうお皿(アナログレコード)を回してスクラッチする人じゃなくて、マイクの前でしゃべる人なんだけどね。
そこ宛にハガキを書くと、DJがそれを読んでくれる。今みたいにツールの発達した時代じゃないから、かかった曲は覚えておくしかない。テープレコーダー持っているのはブルジョアのやつだけだったし......。
でも、ぼくも中学3年のとき「受験勉強のため」ってウソをついてLLカセット(英語の教材カセットテープ+カセットデッキ)を買ってもらって......。

(一同笑)

そのカセットデッキにマイクをつないで、ラジオのスピーカーの前にそのマイクを置いて、いわゆる直録りですよね(笑)。「レッド・ツェッペリンの......」ってDJが言い始めたら、さっとテープを回して、それを後から聴くという。
音も悪いんだけど、カタカナ英語で一生懸命ノートに書きとめて、「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」をコピーしたりね。レコードを買っても、かけるプレーヤーなんかないしね。


あっても「てんとうむし」の安い電蓄だしね。
そういうなかで友だちのアニキが3つ年上でビートルズもベンチャーズもツェッペリンもリアルタイムでレコードを持っていた人で。そのアニキが出かけているすきに、部屋に忍び込んでレコードをかけてもらって、それをまたマイクでスピーカーから直録りしてね。よく考えたらステレオの左チャンネルだけだったりね。

(一同笑)




はずれることでできた新しい道

そのころは自分のなかにあんまりステレオ感覚というのがなかったので、「なるべくスピーカーのそばで」、ってね(笑)。左チャンネルしか入っていないテープを聴きながらストーンズをコピーしたりね。
その後、理系に強い友だちが自分でラジオを作ったりしていて、そのラジオにラインのついたジャックをつけてくれたんです。そういう手作りラジオだからガーガージージーいうんですけどね。で、「このジャックにちっちゃなピンジャックというのを買ってきてつないで、LLカセットのINっていうところに刺せばマイクを使わないで録音できるんだよ」って。いわゆるライン録音っていうのができるシステムを作ってくれたりしたこともありましたね。

そういうなかで道をはずれて行ったのか、道を作って行ったのか......(笑)。でも道をはずれることで、ひとつの道を作っていくベーシックになったのかな、って思うんです。

---世良さんの「心の旅」ともいえるインタビュー第2弾、いかがでしたか?「LLカセット、懐かしい! おんなじことやったやった!」という同世代の人が、きっと多いことでしょう。次回もどうぞお楽しみに!




●撮影・文:Yahoo!オークション
●協力:有限会社ミスターセラ・プロジェクト ●協力:株式会社アトスインターナショナル



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