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世良公則さんロングインタビュー Vol.1

世良公則さん日本屈指のロックボーカリスト、世良公則さん。「ツイスト」でデビューしたのが1977年ですから、なんと28年間という長きに渡って活動している世良さん。世良さんはまた、ギターをこよなく愛する「永遠のギターキッズ」としても有名です。
ここは是が非でも「ギターラボ」に登場していただき、世良さんと音楽、世良さんとギターについて語っていただこうではありませんか。というわけで、今回より世良公則さんのロングインタビューがスタートします! その熱きロック魂と、驚きのお話にクギ付け必至です!




---インタビューは10月中旬、台風が太平洋を北上しているさなか。小雨そぼ降る東京の世良さんの事務所で行われました。2日後には、「ギターラボ」でもすっかりおなじみの野村義男さんも参加するバンド、「GUILD9」のライブを控えていた世良さん。音楽とご自身、ギターとご自身について、熱く、真剣に語ってくださいました。

自我の目覚め以前に音楽があった

■世良さんが音楽を意識し始めたのは、いくつくらいからでしょう。

そうですねー、基本的に音楽というのは、健常なかたちで生まれてくることができたとするならば、自我が目覚める前から必ず耳にしているものですよね。言葉を覚える前から音として、耳から入ってきているわけで。
こういう音楽の仕事をしているので、自分と音楽のかかわり合いだとか、どうしても意識せざるを得ないときがあってね。そのたびに20代のころ、30代のころ、そして40代と折に触れて考えてみるんですけどね。
結局たどり着くのは、赤ん坊のころに聞いた子守歌とか、保育園に入って、お遊戯の時間に歌う童謡であるとか、友だちとグーチョキをしながら踊るときにも、歌があったし。リズムとかメロディーっていうのは、自分の成長といっしょになじんできたものなんですよね。




インタビューに応じる世良公則さん



音楽を職業にしなかったとしても、音楽から耳をふさいでしまうということは、普通に生活している以上、できないですよね。
思春期のころはフォークソングの持つメッセージ性だとか、海外の言葉の意味はわからないけど、英語の歌に感銘を受けたり、ショックを受けたり......。で、もっとさかのぼると、小学校のころも音楽の授業好きだったなとか、お遊戯の時間には意外とノリノリでやっていたんじゃなかったかな、とか(笑)。
するとぼくにとっての「音楽との出合い」ということになると、自我の目覚める前から。たぶんおふくろやおじいちゃんおばあちゃんが歌ってくれた子守歌とか、そういうのをキラキラしながら聴いていたんじゃないかなって思うんですよ。

そのぼくがきちんと意識して音楽に取り組んだのも、意外と早かったんですよ。3歳過ぎくらいからバイオリンを始めたんです。




バイオリンとの出合い

■うわ、早いですねー。

うん。そのくらいから、普通の児童とは決定的に違う音楽とのかかわり合い。

(一同笑)

ピアノを習う子もいれば、オルガンを習う子もいるし。3歳からバイオリンを始めたなんて言うと、「すごいブルジョワの子?」って思う人もいるでしょうけど、ぼくが住んでいたのは普通の県営住宅なんですね。両親は地方公務員だったので、いわゆる団地住まいです。
そこでたまたま隣りのお部屋に住んでいたおにいちゃんが、バイオリンをやっていたんですよ。そこのお宅は習字の先生をしていたので、遊びに行っては墨で真っ黒になりながら新聞紙に手形をつけたりとか(笑)。そのときにそのおにいちゃんがバイオリンを弾いているのを見て、「ぼくこれやってみたい」って言ったのがきっかけなんですよ。
県営住宅の向こうの部屋ではおにいちゃんが、こっちの部屋ではぼくがノコギリ引くような音を出していたんです。

(一同笑)

そこからぼくと楽器のふれあいが始まったんです。
その後オルガンとか習字を始めようとしたんですけど、どれも長続きしなかったんですね。でもバイオリンだけはなんとなく中学......。最終的には高校2年くらいまでやりました。
途中ロックとの出合いがあったんで、サボっている時期があったのでね(笑)。1年サボってはまたやる、みたいなね。もともとはちっちゃなころにバイオリンと出合った、というのが、きっかけといえばきっかけでしょうかね。

■隣りのおにいちゃんがいなかったら、バイオリンには触れていなかったかもしれませんよね。

うん。触れていなかったでしょうね。ああいう楽器っていうのは、普通にまわりにあるような楽器ではないのでね。
かといって鍵盤は向いていなかったようでね。ぼくは保育園のときに、すべり台の上から積み木をばらまくような子どもだったんですよ(笑)。それで親が大変心配しまして、情操教育の一環で音楽を身に付けるようになると、物静かな、やさしい子になるんじゃないかと期待を込めて。
習い事をなんでも途中で投げ出すぼくが、自分から「バイオリンやりたい」って言い出したので、ちょっと無理をしてもということでやらせてくれたようなんです。




歌うこと以外は好きだった

■クラシックバイオリンですよね。では当然のように音楽理論も学ばれるわけで、これはふつう児童に対して、大きな音楽的アドバンテージを持ったことになりますね。

そうですね。ですから小・中学校の音楽の授業では、なんでもすぐ演奏できましたね。
初めての曲でも初見で演奏できるんです。ハーモニカ縦笛も、教科書開いてすぐ吹けるんですよ。「今日からこの曲をやります」って先生が言って、みんなで合奏を始めたら、ひとりだけ最後まで演奏できちゃうんですよ。
中学のときはけっこうやんちゃな学生だったんですけど、先生がぼくに対して理解を示してくださって、「おまえは暴れん坊だけども、音楽に関してはとてもいいセンスをしているから」って言ってくれたんです。音楽の授業だけは好きで、新しい楽曲になると、先生が「世良、吹いてごらん」って。ぼくがそれを吹くと、「こういうふうに来週までに吹けるようになっていらっしゃい」って言われるくらい。ハーモニカとか、笛とか、鼓笛隊の太鼓とか指揮とか......。ぼくのなかでは、とても簡単でしたね。うまくできるから楽しいし。
音楽の授業は好きだったけども......、歌うこと以外は好きでしたね。

■歌うこと以外......、ですか? うーん......。そうきましたかあ(笑)。

うん(笑)。

(一同笑)


インタビューに応じる世良公則さん■実は最近お話を伺わせていただいた「歌うこと」をお仕事にしている方から、続けざまに「歌うのが嫌いだった」、「声が嫌い」、「自信を持てたのはつい最近」という発言が飛び出して面食らっていたところだったんです。まさかまさか、世良さんが!?

うん。ぼくにとって歌うことは、とても恥ずかしいことでしたね。歌うより演奏しているほうが気が楽だったしね。まだお遊戯のように音楽に合わせて体を動かして踊ったりしているほうが、自分にとっては自由な表現方法でしたね。

■うーん、これはまた意外な展開になってしまって、どうしようかな......。

あははは(笑)。

■でも、それはそれでインタビュー的にはとってもおいしいことになってきましたね(笑)。

(一同爆笑)




ある日譜面が書けなくなっていた

■初見で演奏できたり、音感としては抜群の才能を発揮されていた少年時代ですよね。

うん。メロディーを知っていればすぐに吹けたりね。もっと大きくなって、大学時代に「ああ、やっぱりバイオリンやっててよかったんだな」って。まあ途中さぼって師匠を怒らせたりね。ぼくが来ないので師匠がやきもきしてうちに電話をかけてきて、それで1年通っていないことが親にばれて、「その月謝何に使ってるんだ?」ってことになったりとかね。

(一同笑)

中学のとき、ぼくはギターを弾くようになったんです。ローリング・ストーンズが好きだったんですけど、友だちとやっていたのは井上陽水さんの「二色の独楽(こま)」とか、PPM(ピーター、ポール&マリー)ニール・ヤングボブ・ディランとかね。
ぼくは歌うのがあまり好きじゃないから、バッキングをやってあげてね。PPMやニール・ヤングを知ってから、自分で歌うこともないことはなかったんですけどね。
高校で初めてバンドを組むときに、
「おまえギター弾けるでしょ?」
「うん」
「バイオリンも弾けるよね?」
「うん、弾けるよ」
「ベースとバイオリンって同じ4本弦だからさ、きっとすぐ弾けるようになるよ」
って言われて、ぼくはベーシストになったんですよ。
歌うことには興味もなかったし、楽器が弾けるんだったらということで。また新しい楽器を始められるし、「おもしろいな」と思ったしね。

で、ローリング・ストーンズでもディープ・パープルでもレコードを聴けば分かるんですよ。「ああ、こういう音の動きだから、こう弾けばいいんだな」ってね。(ベースの口真似をする世良さん)
ギターの子が、「ここのソロがわかんない」って言ってくると、それを聴いて楽譜に書いてあげていたんです。(ギターの口真似をする世良さん)
「ここはこうだよね。コードはAでしょ」とかいいながら譜面を書いていたんです。聴き取りができたんですよ。
ところが、高校でそのバンドを組んで、ロックをずうっとやって大学に入ってふと気がついたんです。「譜面が書けない......」。

昔、井上尭之さんとお話をさせていただいたときに、井上さんはバンド(ザ・スパイダース)を辞めて、ソロでお仕事をされるようになって、「映画音楽や、舞台音楽を手掛けるようになってから譜面が書けるようになった」とおっしゃっていたんですね。
ぼくは逆で、バンドを始めてそれまでは譜面も書けたし、曲を聴けば、それを譜面に起こすこともできたのが、まるでダメになった。クラシックで培った財産を、ロックをやることで全部投げ出してしまったんですね。だから今譜面書けないですもの。
多分1年くらい勉強をすれば、思い出して書けるようになるかもしれないんですけど、言葉といっしょで、話さなくなると忘れるんです。
で、バイオリンという楽器は、練習を1日休むと3日、3日休むと1週間、1週間休むと1か月から3か月かかる。それ以上休んだら取り返すのに1年以上かかるといわれている楽器なので、それをバンド始めてサボり始めて......。それが原因でそれまで培ってきた財産が、全部飛んだんです。

---のっけからショッキングな話の連続! 驚きました。さあ、次回からはもう少し詳しく、話を進めていきますよ。どうぞご期待ください!




●撮影・文:Yahoo!オークション
●協力:有限会社ミスターセラ・プロジェクト ●協力:株式会社アトスインターナショナル



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