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野呂一生さんインタビュー Vol.2

野呂一生さん野呂一生さんインタビューの第2弾! デビュー前のコンテストのお話、お得意という料理のお話など野呂さんの多彩振りが伺えます。どうぞお楽しみください。



野呂一生さん

画像上:野呂一生さん



独学で譜面まで

■野呂さん、独学でギターをマスターしていかれたんですねー。

そうなんです。だから誰みたいなフレーズっていうのが自分のなかにはないですよね。ジョー・パス・ジャズスタイルを見たり、いろんな音楽を聴いたりしてテンションの使い方を覚えて、自分でフレーズを組み立ててやってきたんです。

■譜面を読んだり、書いたりということも同時に覚えていかれたんですか?

ええ。時間はかかりましたけども、基礎的なことは小学生のころ覚えたものがありましたので、それをベースにしてやってこれたんですね。



野呂一生さん東京ギタリスト事情

■18歳でカシオペアを結成されるわけですが、現在結成当初のメンバーは野呂さんと、向谷(実)さんだけですよね。

そうですね。いちばん古株になっちゃいましたよね(笑)。

■それからいろいろなコンテストに出場していくわけですか?

まだロックバンドをやっていたころから、コンテストにはちょこちょこ出場していたんですよ。当時は年少バンドということで、特別賞をいただいたりしていたんですね。
カシオペアを結成してからヤマハの本格的なコンテストに応募して、1976年と77年に2回エントリーしたんですよね。2回目にエントリーしたときに桑田(佳祐)くんのサザンオールスターズも出場していたんですよね。あとラッツ&スター(当時はシャネルズ)がいたんですよ。楽屋ではちょっと怖かったですけどね。

(一同笑)

カシオペアはね、優勝してないんですよ。
最初のときは、「ASOCA」という渡嘉敷祐一くんとか小林泉美さんのいるバンドがグランプリで、ぼくはベストギタリスト賞をいただいたんですね。
2回目は優秀グループ賞とベストギタリスト賞をいただいたんです(Yahoo!オークション注:このときは審査員に現メンバーの鳴瀬喜博さんがいました)。

当時の東京のギター・シーンっていうのはけっこう狭かったんですよ。「○○? うん、知ってるよ」みたいな感じでしたね。ぼくと同じ年で、デビューがちょっと先のプリズムの和田アキラくんなんかは、15歳のころから知っていましたからね。
同世代の卓越したギタリストの名前っていうのは、話をしていると出てくるんですよ。あったことはなくても名前だけは知っているという感じでね(笑)。
Charさんなんかもよくウワサ話で聞いていて。たまたまぼくの同級生の友だちが、Charさんの後輩で、それでCharさんの演奏を聴きにいったりしていましたね。

■なるほど、すごい顔ぶれですねー。みなさんタイプは違いますが。

そうですね。やってきたことの蓄積で、みなさんそれぞれ個性がありますよね。



野呂一生さんシンフォニックな広がりを少人数で出すには......

■そのコンテスト以降、プロとしてデビューされるわけなんですが、ポジティブで元気が出るようなサウンドはデビュー当時から不変ですよね。

根本的には、その元気が出るというのといっしょに、いろいろな感情表現が楽器を使ってできたらいいよね、というのがありましたね。ときには悲しみや怒りもあるし......。最終的には「まあいっか」、ってところに落ち着くんですけどね。

(一同笑)

■カシオペアのサウンドで特徴的なものに、主旋律をギターとキーボードのユニゾンで演奏するというのがありますよね。そこからソロに入っていって、また戻ってくるという。それもまたカシオペアサウンドの個性だと思うのですが。

そうですね。クラシック和声では、そうやっちゃいけない、ということをやっている。間違いなんですけどね(笑)。そういうことがいっぱい出てくるんですよ。
まあずうっとやっているうちに、少ない人数でどうやって効果的に広がりを表現しようかと考えていたんです。メロディーをとる人、ソロをとる人とかいうふうにやっていくと、どうしても統一感のない音になってしまうように感じていたのでね。
シンフォニックの響きに近いものが4人でできないものか、と考えた末にああなったんです。

■まさにそれがカシオペアサウンドの顔ですよね。

始めて10年くらいでそういう自分なりのやり方がはっきりしてきたんですが、今度はそこから脱却するのがまた大変な作業でしたね。
今でもやはり、今まで培ってきた殻みたいなものを、どうやって壊していこうかというのがいつも考えてしまうところなんですよね。

■アルバムを40枚発表してきて、野呂さんの作られた楽曲も優に......。

300曲は超えるかな。

■素人考えなんですけど、それだけ多くの曲を作られてきていると、過去に作った曲でインパクトの強かったものが、次に作曲するときの障害になることってありませんか?

ありますね。書いているうちに、「あれ? これ昔やったことあるなー」っていうのがあるんですよ(笑)。そういうのにふと気が付いたときにはがっかりしちゃいますね。

(一同笑)

なんかループしちゃってるなあって(笑)。

■歌詞のある楽曲と違って、インストってすごく難しいと思うんですが。

歌詞がない分、1曲ごとに個性が大事になってくると思うんですね。
自分が過去に作ってきたものの延長線にあるものがほしいときもあるし、まったく違う視点からみたものを作りたいというときもあるんですね。その両方ですよね。
今回もその両面で作った曲がほとんどですよね。



悦に入るのは1、2日のみ

■26年たつわけですよね。ご自身のなかでがっかりされたり、納得したりしながら続けてこられているわけですが、ぶっちゃけ嫌になっちゃうことってありますか?

(一同笑)

うん。さすがにね、疲労がたまっちゃうと「やーめた!」って言いたくなることはありますけどね(笑)。ただ、完成したときの喜びというのがひとしおなんですよ。その喜びがあるから続けられているんですよね。
いちばん大変なのはゼロから1にする作業なんですよね。こういうことをやりたいんだけども、どうやったらこうなるかな? という4次元からここへ引っ張り出すときがいちばん大変なんですよ(笑)。
引っ張り出すことができれば、その1を100にすることって、そんなに大変な作業ではないんですね。それが完全に具体的な作品になったときにね、その引っ張り出す作業をしていたときの自分が、「おお、よしよし」ってね。

(一同笑)

そういうご褒美みたいな感じがあるんですよ。すごい時間がかかる作業なんですね、最終的な作品になるまでというのが。それからライブをとったりとか、複合的な作品が何年か後にできたりとか、そういうのが本当に楽しいですよね。
完成後1、2日は悦に入る時間なんですよ。それが過ぎるとすぐに「で、次どうしたらいいんだ?」みたいなね。

(一同笑)

そういう感じですかね。



CASIOPEA + Synchronized DNA、中央が野呂一生さん

画像上:CASIOPEA + Synchronized DNA、上段中央が野呂一生さん



料理でストレス解消

■以前T-SQUAREの安藤まさひろさんにお話を伺ったときに、ご自分のなかでライブがやっと盛り上がった時期にツアーが終わって、家で曲を書かなくちゃいけなくなると、「つまんないな、やりたくないな」って思う。ふだんはギターはそばに置かないで、弾こうと思うのに決意が必要なときもあるんです、とおっしゃっていたんですが......。

(一同笑)

■逆に野呂さんは2日くらい悦に入ったら、もう次のことを考えると。そのバイタリティーはすごいですね。

やっぱり好きなんですよね。それはギターに限らず、作品を作るということが好きなんです。音楽じゃなくても、絵を描いたりとか、完成したときの喜びは同じだと思うんですよ。ぼくは料理を作るのが好きなんですね。2、3時間あれば作品が完成して、自分でもそれを味わうことができるでしょ。それはストレスの発散にもなるんですよ。曲作りでずうっと煮詰まってるときなんかね、シチューを煮詰めて......。

(一同爆笑)

それで煮詰まり解消、みたいなね(笑)。料理を作っているときには音楽からは完全に切り離されますからね。「おいしい料理、おいしい料理......」って思いながら作っていますしね。でも鼻歌が出ちゃったりするんですけどね(笑)。

---「創作するためにいる」。野呂さんだからこそ様になるこの言葉。その道を究めようとするものは美しい! 次回もどうぞお楽しみに。



●撮影・文:Yahoo!オークション ●写真提供・協力:株式会社カシオペアインターナショナル
●協力:株式会社キューアンドカンパニー ●ジェネオンエンタテインメント株式会社



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