ギターラボ トップ > ICE、国岡真由美さん、宮内和之さん > 宮内和之さんインタビュー Vol.1

宮内和之さんインタビュー Vol.1

宮内和之さんICEのギタリストで、Gibson USAがエンドースする数少ないギタリストの一人、宮内和之さんがギターラボに初登場! 編集長待望のインタビュー、どうぞお楽しみください。



愛器ギブソン・ファイヤーバードと宮内和之さんリトルリーグにあの男が!?

■私は「SLOW LOVE(1994年リリース)」でICEにやられたクチでして、この特集を始めてからは、いつかは宮内さんにお話を聞きたいと思ってがんばってきたんです。やっとたどり着けたという感慨でいっぱいです。

あ、いやいやいや(笑)。ありがとうございます。

■さっそくお話をうかがいたいと思うのですが、宮内さんが少年時代、音楽以外に夢中になっていたことはなんですか?



野球ですね。リトルリーグに入っていました。あのN.Kくんといっしょだったんです。

■えー!? それはすごいですね。

そのあまりの別格扱いに、僕たちみんな「もうやめよーぜ」みたいな......。

(一同爆笑)

僕ら5年も6年もかけてがんばってきたのに「なぜ彼がー?」みたいなね(笑)。リトルリーグもまだそんなに大きくなくて、この地区(東京某所)でも3つか4つくらいしかチームがなかったんですよ。それでいっしょになっちゃったんですね。でも100人くらい一軍にいるみたいな......。

■大きなチームだったんですね。

僕の年代の子どもは、やっぱりサッカーではなく野球でしたから。まあ、でもその後自然と剣道少年に変わったんですよ。S公園の近くにある自衛隊では、昔柔道教室と剣道教室をやっていたんで、そこに入ってね。剣道は高校卒業まで続けました。自動車免許と剣道二段っていうのが、唯一履歴書に書ける資格ですね。あはははは(笑)。

(一同笑)




宮内和之さんきっかけはアニキ、レコードは......

■その宮内少年が、音楽に接したきっかけはなんだったんですか?

それはね。学年にすると7つ上のアニキがロック少年だったのね。
だからもう、ものごころついたときにはギターがあって。僕が6歳のころアニキは中1ですから、シカゴ、アメリカ、サイモン&ガーファンクルなどのレコードがウチにあって。アニキもクラシックギターを買ってきてペケペケ練習していましたから、それを見て「あ、いいな」と。小1のときからそばに音楽があるという環境でしたね。洋楽ばっかりでしたけど。

■じゃあ、ご自分がやってみようと思われたのはおにいさんがいらっしゃったからなんですね。

ええ。音楽がそこにありましたからね。ギターもアニキに借りてベケベケ弾いていましたね、全然ダメなんですけどね。レコードをかけることなんかは、もう楽しくて楽しくて。何回も何回も聴いていましたね。

■特に「このレコード」っていうのはあったのですか?

あ、それはシカゴの「クエスチョンズ67/68」ですね。ウチのおふくろが切れたんですよ、最後に。「もう! いい加減にしなさい!」って。100回くらい聴いていたんですよ。

(一同笑)

それは今聴いても、自分の音楽のすべてが詰まっているような気がしますし、そらでアレンジ全部歌えますよ。

■ふえー。

しかもそのライナーノーツを書いていたのが、偶然なんですが僕ら(ICE)の後見人のような文化放送にいらした江川雄一さん。江川さんが僕らをデビューさせてくれた恩人のような方なんですけどね。ライナーノーツといえば江川さんでしたからね、当時は。
江川さんのライナーのレコードはほかにも(ローリング・)ストーンズのベスト盤とか、アメリカとか......。なぜかウチにはあったんですよね。

■じゃあ、レコードといえばシカゴだったんですね。宮内さんはソウル系に影響されたのかな? なんて勝手に想像していたのですが、シカゴだったとは......。

あはははは(笑)。

■テリー・カスがギターでしたよね、当時は。

そうそう。白いテレキャスター弾いていたよね。シカゴ、すごく好きでしたね。「(シカゴ・アット・)カーネギー・ホール」あたりまではレコード、ウチにありましたから。

写真:愛器ギブソン・ファイヤーバードを演奏する宮内和之さん




愛器ギブソン・ファイヤーバードを演奏する宮内和之さん



宮内和之さん小学校時代の体験がベースに

■エレキギターにいったのはいつころですか?

アニキが中3くらいで買ったから、僕が小3くらいのころですね。で、アニキがバイトして「ワウ(ペダル)」を買ってきて、ラジカセにつないで弾いていたんですね。僕の関心はもっぱら「ワウ」のほうで、「うわー、すっげえなあ」って(笑)。「これどうなんってんの?」「お、じゃあやってみ」ってことでワウを踏ませてもらって。僕はエレキギターより先にワウに触ってたんですね、シャカポコシャカポコって。

(一同笑)

その後アニキがディープ・パープルから(レッド・)ツェッペリンから、そっちのほうにいっちゃってね。それを聴いていました。自分が選択してというよりは、アニキの影響が大きいですよね。ツェッペリンの4枚目を買ってきた日のことなんか鮮明に覚えていますよ。「なんかうす気味悪い音楽だな。ジャケットも怖いし」って......。オンタイムだったので、すごくラッキーですよ。

僕の通っていた小学校は、今でもそうですが、帰国子女を受け入れる小学校として有名なんですよ。僕がいたころは都内にはそこしかなくて、アメリカやドイツとかから日本人なのに日本語をしゃべったことがない子どもたちがいっぱい来るんです。そこで、日本語と英語をしゃべることに慣れさせてから地元の中学に入学していく、というところだったんですね。
その子たちは小2とか小3で、シカゴとかの話が普通に通じるんですよ。逆に「KISS知ってる?」とか聞かれたりしたくらいでね。
余談ですけど、その子たちのなかに元コーザノストラの鈴木桃子さんがいたんですよ。学年はずっと下ですけど。「私後輩です」って言われて。
だから洋楽の環境が異常によかったんですよね。彼らは彼らで西城秀樹なんかを「ノリが足りない」とか言って、78回転にして踊り狂っているんですよ。

(一同笑)

カルチャーショックでしたよ。アニキにはツェッペリンなんかは「正座して聴け」って感じだったしね(笑)。彼らは違うでしょ。家のなかに靴を脱がないで入っちゃう人たちでしょ。それで曲に合わせてガンガン踊るのね。「ああ、こういうふうに聴くのね、キミたちは」「いっしょに歌わないんだ」って思うわけですよ、こっちは。そうじゃなくてウワーッと踊る。あれはいい体験でしたね。
「ロックで踊る」っていう文化は、当時の日本ではディスコとかゴーゴー喫茶みたいなところに行かないと体験できなかったんですよね。僕は小学生だから当然出入りできないしね(笑)。体が自然と動くような音楽のあり方と、正座して聴くあり方の両方を体験しました。それには助けられたといえるでしょうね。

■そこが宮内さんの音楽のベースになっているんですね。

めちゃめちゃなっていますね。うん。




宮内和之さん世の中そんなもの

■踊らせるという発想で音楽をやっていたバンドとかって、ICEが出たころそんなになかったんじゃないですか?

どうですかねー。そうかもしれませんが、あの時期たとえばオリジナル・ラブとか、そういう音楽をやるバンドが多く出てきましたよね。ムーブメント的に、クラブでロックがかかりだしたころでしたし。これはいいや、と。

その2年くらい前までは、「こんな古臭い音楽はダメだ」って言われていたのね。そう言われても自分たちは何も変えずにやっていたら、ある日急に最先端の音楽扱いをされたんですよ。「世の中ってそんなものか」と(笑)。ムーブメントっていうのはこういうものなんだなと、思いましたね。

■話は戻りますが、バンドを始めたのはいつごろでしたか?

小6のときにバンドをはじめて......。

■うわ! 早いですねー。

いやあ、だってその子たちは普通にベースを持っていたりするんですもの。僕はアニキのギターを盗んで(笑)。音楽室でやらせてくれたんですよ、先生が。「カム・トゥゲザーやろうぜ」とか「ゲット・バックやろう」とか。やれていないんだけどね(笑)。最初にみんなで音を出したときの印象がね、楽しいんだよねー。家でやるのとは違って。




宮内和之さん人を踊らせたい

■それが本格的なバンドみたいなものになったのはいつごろでしたか?

中3かな。僕は違うほうの課外活動にせっせといっていたので(笑)。音楽を商売にしていくことにトライしてみようと思ったのは中3ですね。課外活動ってのはヤンキー系の活動のことなんだけど(笑)。キャロルとか永ちゃんとかそっちのほうだったんだけど、六本木のディスコに連れて行ってもらってジェームス・ブラウンを聴かされて、やっぱりギターはカッコイイなあとね。そういうにおいのするほうにシフトしていきましたね。

■中3の時点でそうですから、小学校での経験も含めて、宮内さんの音楽ベースはすごくはやいうちに形成されていたんですね。

そうですね。そういう意味では感謝ですよね。自分から何か激しく追求していったのはそれ以降ですから。高校に入ってプロになろうと思ったときだけでしたからね。それまではほんとに人に連れて行ってもらえるとか、ソウル系の曲ばかりかかる店に、ケンカ要員としてですが連れられていったり......。

(一同爆笑)

そこでも人が踊っているしね。「人を踊らせるっていいな」っていうのはありましたよね。どんなジャンルの音楽をやるにせよ、人がそれにノッて踊るっていうのがやりたい、と思いましたね。




---おにいさんの影響、小学校での異文化交流。宮内さんを取り巻く環境そのものがファンキーだったんですね。次回はプロになるきっかけからです。どうぞお楽しみに!



DVD「ICE / RIGHT NOW!」ジャケット画像最新アルバム「ICE / RIGHT NOW!」

2006年5月24日リリース。約3年ぶりとなるアルバム。多彩なサウンド、秀逸なメロディーとエレガントなヴォーカルで、洗練されたポップスに昇華させている。その手腕はやはりさすが。(Yahoo!ミュージックより)
発売:BBMC



●写真、文:Yahoo!オークション
●協力:株式会社レイトリーミュージック、スタジオTYPHOON






ICEオフィシャルサイト



読者コメント(3件のコメントがあります)

私がiceの曲に出会ったのは1997年の事でした。。。
ドライブ中にその素敵な歌声、、素晴らしいサウンドに、魅了されたのです。。
それからというもの、私はiceの虜になり、それまでの全てのiceのcdをかき集めました。。
何を聞いてもどの曲も何度も繰り返し聴きたくなような曲ばかり。。
時を重ねた今でも、色褪せぬiceサウンド。。
国岡さんに、是非またライブをやって欲しいです。旦那さまは居なくとも、宮内さんの作りあげた数々の歌を歌い続けてください。。

投稿者:iceiceice1997 | 投稿日:2008年10月17日 15:12

むつごろうさん
コメントありがとうございます。 
先日ご指摘いただいた箇所は修正したのですが、コメントはこちらの操作ミスなのか、消えてしまいました。大変申し訳ございません! 心よりお詫び申し上げます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

投稿者:ギターラボ編集部 | 投稿日:2007年2月26日 18:44

先日のコメントが載りません。なにか、やり方を間違えたのでしょうか。。。。。
チャットは治っているようですが、なんででしょう?

投稿者:むつごろう | 投稿日:2007年2月24日 01:20

登場アーティスト

キーワードで検索!

キーワード : カテゴリ指定 :    
検索オプション