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Synchronized DNA インタビュー Vol.2

synchronized dna(左:神保彰さん、右:則竹裕之さん) 9月30日にライブDVD「Synchronized Paradise」をリリースする日本を代表するドラマー、神保彰さんと則竹裕之さんのユニット"Synchronized DNA"!
インタビュー第2弾です! どうぞお楽しみください。



リハーサルスタジオでのsynchronized dna(左:神保彰さん、右に腰掛けているのが:則竹裕之さん)



画像上:リハーサルスタジオでのSynchronized DNA(左:神保彰さん、右に腰掛けているのが:則竹裕之さん)

■では続いて、則竹さんにお話をうかがいたいと思います。則竹さんがドラムをたたくようになったきっかけはなんだったのですか?

則:父親がドラムをやっていて、小さいころから家にドラムがあった、というのがきっかけですね。

■何歳くらいからたたき始めたんですか?

則:はっきりとは覚えていないのですが、ものごころついたころには、父親がジャズのレコードをけっこう大音量で聴く、という習慣があったものですから、いつもジャズが流れていて。いつのまにか、それに合わせてたたくようになっていたんですね。
それを見た父親が、大人用のドラムセットでは大きすぎるということで、当時珍しかった、子ども用のドラムセットを買って与えてくれたんです。ブリキのドラムみたいなものだった、と記憶しているんですけど(笑)。

画像下:Synchronized DNAオフィシャル画像



synchronized dna(左:神保彰さん、右:則竹裕之さん)



リハーサルスタジオでのsynchronized dna(左:神保彰さん、右に腰掛けているのが:則竹裕之さん) ロックをやっていたけど、エルヴィン・ジョーンズ好き

■それからの音楽遍歴をお聞かせください。

則:はい。中学のころなんですが、それまではさきほど言った家の事情で、ジャズしか知らなくて。はやりの音楽を知らなかったんですね。バンドを組もうと思って、エレキギターを持っていた同級生に「ジャズのバンド組みませんか?」って言ったんですが、わかってもらえなくて(笑)。で、友だちから、はやっているロックのレコードを借りたんです。それで、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープルといった存在を知ったんです。
「あ、カッコいい」って(笑)。それからロックのバンドを組んだんです。クロスオーバー・ミュージックが出てくるまでのおよそ2年間は、ロックをやっていましたね。

■その当時好きなドラマーといったら誰だったんですか?

則:ロックをやってはいましたが、エルヴィン・ジョーンズが好きだったんですね。

もちろんジョン・ボーナムもイアン・ペイスもかっこよくて好きだったんですが、家に帰るとそういう環境なもので(笑)。
父親としては「ジャズはいいだろう」っていうことだったと思うんですね。「うん、いいね」って(笑)。

■ロックバンドをやっていたことは、内緒だったわけではないんですよね?

則:ええ、全然内緒ではなかったです。うちのリビングが練習場所だったので(笑)。
ちっちゃな家だったんですが、いなかだったので、隣りの家との距離もありましたし、防音も何もしてなかったんですね。でもたまに苦情はきていましたね(笑)。今思えばかわいい音量だったと思うんですけどね。当時としては爆音だったかもしれません。

■ジャズを本格的にやろうと思わなかったのですか?

則:本格的にジャズをやったことは、未だかつてないんですね。
ちっちゃいころは「一生懸命ドラムをやろう」と思っていたわけではありませんし、その後プロになってからも、いわゆる「ジャズ」っていうのは、やっていなくって。趣味でやってみたいとは、思うんですけどね。

■なるほど、そうなんですね。その後、高校生になって、フュージョンと出会うんですね?

則:そうなんです。クロスオーバー、フュージョンという音楽に俄然(がぜん)興味が湧(わ)いてくるんです。それで、「うわ、なんてカッコいいんだろう」と思ったのが、スティーブ・ガッドなんですね。それが高校1年くらいの出来事で、2年になると、カシオペアと出会うんです。ぼくがカシオペアを知ったのも、「THUNDER LIVE」からなんですね(笑)。
それまで「日本のドラマーよりも、外国人のドラマーのほうがすごい人いっぱいいる」って、すごく嫌な感じだったんですけど。

(一同笑)

則:若気の至りで、そういう認識をしていたんですが、「THUNDER LIVE」との出合いは、それを根底から覆される大事件だったんです。それから神保さんにあこがれ続けて、今に至っているわけなんです(笑)。



のりんぼ 大学3年のときにザ・スクェアに

■神保さんにあこがれ続けていたわけなんですね(笑)。則竹さんもその神保さんと同じように、学生時代にザ・スクェア(後のT-SQUARE)に入られたんですよね?

則:ぼくの場合は、大学3年生のときに「入らないか」と誘われたんです。
ぼくは大学が関西にありましたので、そのお話を受けるとなると、東京に行かなければならない。でもすぐクビになるかもしれない(笑)。それで、いったん休学届を提出してお話を受けることにしたんです。でもその翌年には、ちゃんと退学の届出をしましたので大学は中途退学なんです。

■そうだったんですか。神保さんは櫻井さんとの出会いがきっかけで、カシオペアに入られたということでしたが、則竹さんはどういうきっかけだったんですか?

則:ぼくは高校のころ、あちこちのアマチュアバンドコンテスト荒らし、みたいなことをやっていまして。荒らしてはないんですが(笑)。大学生のバンドでフュージョンを演奏しているバンドは多かったんですが、高校生でやっているのは、あの地域ではぼくたちしかいなくて、たまたまコンテストを見に来ていた、SD関西(ソニーの大阪支社)のスカウトマンから名刺をいただいたんです。
「何かあったら電話したいので、電話番号を教えてください」って言われまして、電話番号を教えたんです。高校3年のときのことです。それから全然連絡がなかったんですね。
大学3年になり、突然その方から電話がかかって来たんです。「ザ・スクェアのドラマーを探しているんだけど」って。ぼく、実はザ・スクェアのことあまりよく知らなくて(苦笑)。友だちから聴かせてもらった程度の知識しかなかったんです。

■じゃあ則竹さん、日本のバンドではカシオペアに偏っていたんですね(笑)。

則:はい。そうなんです。神保さん一筋で(笑)。あ、でもこれはスクェアのみなさんも知っていることなので、いいんですけど(笑)。そういうふうだったので、かなり悩んだんですけど、丸一日悩んで「じゃあ入ります」、ってお返事したんです。そんな流れだったんです。だからその方の紹介がなければ。

■3年も間が空いていたのに......、すごいですね。

則:ええ。でもその方は、当時のぼくのバンドのライブを、断続的にですが見に来てくれていて、「何かあったらさせよう」と思っていてくださったようなんですね。後にその方はスクェアのディレクターになって、いっしょにお仕事をするようになったんです。

画像下:リハーサルスタジオでのSynchronized DNA(左:神保彰さん、右に腰掛けているのが:則竹裕之さん)



synchronized dna(左:神保彰さん、右に腰掛けているのが:則竹裕之さん)



のりんぼ ある日突然解散

■則竹さんがお辞めになった理由は、やはりもっとほかのことがしてみたいという......。

則:いいえ。ある日「スクェアを解散しよう」という話になりまして。メンバーチェンジの激しいバンドだったので、唯一のオリジナルメンバーは、ギターの安藤(まさひろ)さんだけだったんですね。
新しいメンバーと安藤さんの年齢のギャップがどんどん大きくなってきて、それもあって安藤さんはちょっとお疲れになったんだと思うんですね。
あるとき安藤さんが、「ぼく、辞めようかな」っておっしゃって。「安藤さんが辞めるということは、バンドは解散ということですね」って。一瞬で決まったんです。
そういうことになって、「スクェアという名前が、世の中からなくなるということは残念だ」ということで。その後、安藤さんと伊東(たけし)さんが再び出会ってユニットを始めるときに、レコード会社が「T-SQUARE」という名前を使ってほしいということで新たなスタートを切ったんです。ぼくはそこにライブサポートのドラマーとして、去年まで参加させていただいていたんです。



のりんぼ 佐渡さんとの共演

■則竹さんはその後、佐渡裕さんのオーケストラと共演されたり、ジャンルを問わずいろいろな音楽に挑戦されてきていますよね。

則:そんな前向きな気持ちではなくですね(笑)。たまたま「シエナ・ウインド・オーケストラ」という吹奏楽団が僕をゲストに呼んでくださったんです。そしてそこでタクトを振るのが、佐渡さんだったんですね。
ぼくとしては、最初はお断りしようと思ったんですね。「クラシックはイヤです」って(笑)。で、当時ぼくがいた事務所のプロデューサーに、「断っていいですか?」って聞いたんです。そしたら「佐渡さんというのはすごい人だから、一度やってみたほうがいいよ。ダメでもそれがいい経験になるはずだから」って言われたんですよ。
「じゃあダメもとで行ってきます」って、プルプル震えて行ったんですね(笑)。そしたら巻物のような譜面だし、「どうしよう」と思っていたんですけど、案の定ボロボロのリハとなり......。
本番はなんとか格好がついたと思うんですが。その一生懸命な姿を、佐渡さんがおもしろがってくださったと思うのですが。そんなことだったんです(笑)



---今回は則竹さんのお話をお届けしました。則竹さんは非常に繊細な雰囲気をお持ちの方で、華奢(きゃしゃ)な体つきのどこからあんなパワフルなドラミングが......、という印象でした。さあ、次回はお二人の出会い編です。



●撮影・文/Yahoo!オークション ●絵/あきらぢんぼ画伯
●協力:株式会社キューアンドカンパニー ●ガルバスタジオ ●カシオペアインターナショナル

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