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質実剛健の雄。メルセデス・ベンツ ゲレンデ・ヴァーゲンを知る

1979年のデビューからおよそ40年。ついにメルセデス・ベンツ最後のクラシックと呼ばれたGクラスがフルモデルチェンジを行った。 屈強なボディやエンジンの信頼性の高さからNATO軍の正式採用車両となる一方で、ローマ法王のパレード専用車として華々しい場面で活躍する一面も持つ。そんな硬軟取りまぜた陸の覇者の歴史を国内外の時代感とともに振り返りながらヤフオク!で発掘していこうと思う。
はじまりは北大西洋条約機構

はじまりは北大西洋条約機構

初代・W460型は1972年、NATO(北大西洋条約機構※懐かしいですね)からオフロード用車両の製造依頼がきっかけとなり、四輪駆動機構に多くのノウハウを持つオーストリアのシュタイア・プフ社との共同開発で産声をあげる。
ドイツ語で「ゲレンデ・ヴァーゲン=オフロード用のクルマ」という素っ気ない名前のクルマはその後、1979年から民間用として販売され、現在までの歴史を刻み始めたのであった。

日本では1983年に細々と正規輸入を開始。
年を追うごとにバリエーションを少しずつ増やして行ったものの、まだまだSUVなる言葉もブームもない当時は「ベンツのジープ(!)」などというよくわからない呼ばれ方をされるなど、ゲレンデ・ヴァーゲンの認知度は著しく低かったのである。

折しも日本はバブル真っ只中の80年代後半。
世界最高峰と言われた直6・3lのミディアムクラスセダンより高価で、カクカクと古めかしく内外装が至ってシンプルなW460型は、イケイケなわかりやすい高級ガイシャ志向が蔓延していた日本人は鼻にもかけない。
現代で言うところのセレブ気取りができるようなわかりやすいアイコンにはなり得るわけがないのも当然の話だ。

しかしその一方で、モノのわかった真のアウトドアユーザーやオフロード好き、そして個性的なメルセデスに乗りたいニッチ層には大いに支持され、少数ながら一定の人気と評価を得ていた。

※リンク先で商品が出品されていない場合があります。ご了承ください。

  

質と実と剛と健と華と力と

質と実と剛と健と華と力と

1991年。 当時のメルセデス・ベンツは、世界的に環境問題が取り沙汰され始めた時期にも関わらず、ボディサイズもコストも拡大の一途を辿っていた時期であった。
これでもかと言わんばかりの最先端テクノロジーを詰め込み、この上ない豪華な装備と質を追求した末、肥大化し「シロナガスクジラ」と揶揄されるほど大きくなった伝説の最高級サルーン・W140型 Sクラスを登場させたばかり。

W463型ゲレンデ・ヴァーゲンもその例に漏れず「マイナーチェンジ」と謳っていたものの、ボディに装着されたオーバーフェンダーやサイドステップによる外観の変化にその「影響」を感じ取ることができる。
ドアを開ければ実用一点張りだった事務的なインテリアは、同じ空間であったことが考えられないほどのリファインが施されていた。
W460型における良く言えば「シンプルで質実剛健」、悪く言えば「質素」な印象は払拭され「豪華でちょっとイカツイ」90年代初頭のメルセデス流を地で行く姿となったことが最大の特徴だろう。
エンジンの排気量も拡大された一方で、一部のユーザーに高い人気を得ていたディーゼルが販売中止となってしまったのは残念なトピックスである。

さらに「拡大」の手は価格にも及ぶ。
手元の資料によれば、1991年8月の価格は300GEが870万円、300GEロングは960万円。
もはや価格はミディアムクラスセダン級どころか、限りなくSクラス(エントリーモデルである300SEが1,000万円)に近いプライスタグをぶら下げることになってしまった。
ゲレンデ・ヴァーゲンは軍事用の万能移動車両から一気に豪華な世界への仲間入りをしたのである。
ただ走破性に関して手を抜くことはなく、フルタイムAWD化されたことにより悪路から鏡のように滑らかな舗装路面まで、従来のW460型に比べさらに条件の幅を広げ「オフロード用のクルマ」としての矜持を保ったのであった。

そして1993〜95年にかけてメルセデス・ベンツは全モデルの名称変更を実施する。
ミディアムクラスは「Eクラス」190シリーズは「Cクラス」そしてゲレンデ・ヴァーゲンは「Gクラス」と名を変え現在まで受け継がれている。

ビッグスリーがもたらした(かもしれない)SUVの民生化

ビッグスリーがもたらした(かもしれない)SUVの民生化

1991年。 毎年夏に放映されるフジテレビ系列の番組「FNSスーパースペシャル1億2000万人のテレビ夢列島」で1つの事件が起こる。
番組中、タモリ・ビートたけし・明石家さんまのフリートークで「誰の運転がいちばんうまいか」という話題になった。それを聞いたビートたけしが明石家さんまの所有車「レンジローバー」を勝手に持ち出し、お台場移転前の新宿区河田町のフジテレビの駐車場内で腕前を確かめるべく、やりたい放題の運転で傷だらけにしてしまう顛末が生放送で全国に流れたのである。
その映像はレンジローバーなる存在が日本中で一気に認知された瞬間であり、のちのSUV全盛の扉を開けた歴史的瞬間でもあったと思う。

そうこうしているうちに(インターネット無き時代のスピードはこんなもの)レンジローバーの高価さに庶民が唸り、当時のセレブたちはメルセデス・ベンツにも「ガイシャのジープ的なクルマ」があることに気づくのであった。
こうしてテレビ局や野球場の関係者駐車場がレンジローバーやGクラスだらけになり、さほど時間がかからぬうちにヨンクは営林署のクルマから「イケてるクルマ」へと変貌を遂げたわけだ。
のちに明石家さんまはレンジローバーからGクラスに乗り換え、現在まで買い替え、乗りつづけているとの話である。

現在に至るニッポンのSUVの民生化はお笑い3大帝王なくして成立しなかったと言えるだろう。

大改造 劇的ビフォーアフター

大改造 劇的ビフォーアフター

すでにプロスポーツ選手、お笑い、タレント、俳優をはじめ「ちょっとモノがわかってる」風のヨコモジ商売の人々に絶大な人気と市民権を得ていたGクラスは、2001年5月のビッグマイナーチェンジによりその地盤をさらに強固なものにするのであった。
メーターやステアリング、センターコンソール周りなど、ドライバーが触れて目にする部分すべてを一気にほかの近代メルセデス・ベンツと同等のモノに変更。それは古民家の風情を活かしたリノベーションのごときカンペキな若返りを狙ったもの。
あまりの変貌ぶりにあの番組よろしく「なんということでしょう」と唸ったものである。
もしかしたらこのままあと20年以上作り続けるんじゃないか? そんな考えが頭をよぎるほど違和感のない完璧な作りだったことを今でも思い出すほどだ。

それにしても原型を変えることなく角ばったスタイリングを頑なに保ちながら、常に時代の要求のもと細かく毎年のように改良を重ねて40年近く。よく作りつづけてきたものだと思う。
新しいW464型Gクラスは、スタイルを大きく変えるのでは? という噂をモノともせず、誰がどう見てもゲレンデ・ヴァーゲンの歴史を引き継ぐフォルムで登場した。
これを見て今後もたゆまぬ進化を繰り返すメルセデス・ベンツの熱い覚悟を感じ、ホッと胸をなでおろしながら未踏の地をガシガシ進む姿を想像してワクワクするのである。

もっと自己流に、もっと手元でゲレンデ・ヴァーゲンを

あとがき:かように軍用車を礎としたGクラス。比較的モデルチェンジが長いと言われる輸入車に於いても、驚異の長さで様々なバリエーションと歴史があることをお感じいただけたでしょうか。このような歴史があるからこそ、あなたにとってピッタリの一台をぜひヤフオク!の海の中から発見し、自分流で楽しんでみてください。(90年代独逸車部・キシ)

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